2003/2/12
判 決

平成15年2月12日言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成12年(ワ)第1157号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成14年11月6日


               判          決

   当事者の表示         別紙当事者目録記載のとおり

               主          文

 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告らの負担とする。


               事 実 及 び 理 由

第1 請求
 1 被告は,原告らに対し,別紙請求債権一覧表記載の金員及びこれに対する平成12年4   月21日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。
 3 仮執行宣言

第2 事案の概要等
1 事案の概要
 原告らは,被告から,その建設にかかる横浜市旭区若葉台4丁目所在の若葉台団地(以下「本件団地」という。)の分譲共同住宅を敷地持分権とともに購入した者であるが,被告が原告らの購入後に売れ残り部分を平均44.38パーセント値下げして販売したことなどから,@被告の原告らに対する分譲住宅の譲渡は本来の時価を大幅に上回る譲渡価格によるもので暴利行為であり,本来の時価と譲渡価格との差額分についての契約は公序良俗に反して無効であるから,この差額分は被告の不当利得となること,A被告には,同一ないし類似の物件について少なくとも5年間は原価主義によって定められた価格を遵守,維持すべき義務があるのにこの義務に反して値下げ販売をした債務不履行及び不法行為があり,原告らに損害を与えたこと,B被告には,原告らに対する説明義務違反の債務不履行及び不法行為があり,原告らに損害を与えたこと,C被告には,原告らに対して原価に基づく適正な価格による譲渡義務違反の債務不履行及び不法行為があり,原告らに損害を与えたこと,D被告には,原告らに対して著しい価格格差の回避義務違反の不法行為があり,原告らに損害を与えたことをそれぞれ主張して,被告に対して,不当利得の返還及び損害賠償(選択的併合)を求めたのが本件事案である。

2 争いのない事実及び証拠によって容易に認定できる事実
(証拠によって認定した事実については末尾に認定に供した証拠を摘示する。)
(1)当事者
 ア 原告らは,被告が開発・分譲した本件団地の分譲共同住宅を被告から購入した者である。
 イ 被告は,神奈川県が設立団体となり,神奈川県,横浜市,川崎市が出資して地方住宅供給公社法(以下「公社法」という。)に基づいて設立された特別法人であり,「住宅の不足の著しい地域において,住宅を必要とする勤労者の資金を受け入れ,これをその他の資金とあわせて活用して,これらの者に居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し,もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とする」(公社法1条)地方住宅供給公社(以下「地方公社」という。)である。これを受けて,被告は,「住宅を必要とする勤労者に対し,住宅の積立分譲等の方法により居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し,あわせて市街地の不燃化を促進して都市再開発に資することにより神奈川県内における都市の秩序ある発展に協力し,もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与すること」を目的としている。
 被告は,上記目的を達成するために住宅の積立分譲及び一般分譲を行っている。住宅の積立分譲とは,一定の期間内において一定の金額に達するまで定期に金銭を受け入れ,その期間満了後,受入額をこえる一定額を代金の一部に充てて住宅及びその敷地を売り渡すことをいい,積立分譲以外の方法による住宅の譲渡を一般分譲という(公社法21条)。
(2)本件団地の分譲
 本件団地は,被告が,昭和55年ころから横浜市旭区若葉台所在の約90万平方メートルの敷地を開拓して造成してきた団地であり,団地内には,複数の教育施設や文化施設,大規模なショッピングセンター,公園及びレジャー施設等が存在している。本件団地の分譲は順次行われてきたが,本件で問題となっているのは30棟(111戸)と32棟(112戸)の分譲(以下「本件分譲住宅」という。)であるところ,これらの分譲は,第17期募集(32棟),第18期1次募集(30棟の偶数階及び15階の60戸),第18期2次募集(30棟の15階を除く奇数階の51戸)の3回に分けて行われた。第17期については,平成6年3月19日から同年4月10日まで,第18期1次については,平成7年10月14日から同月29日まで,第18期2次については,平成7年11月23日から同年12月3日まで,それぞれ購入申込の受付が行われた(乙第8の1,第9の1,弁論の全趣旨)。
(3)譲渡契約の締結
 原告らは,被告との間で,平成7年から平成9年にかけて,別紙取引一覧表記載の契約日欄記載の各年月日に,同一覧表の購入金額欄記載の各金額で,本件団地のうち同一覧表の棟番号欄記載の号棟,同一覧表の部屋番号欄記載の部屋番号の各住宅の専有部分及び敷地等の共有持分権の譲渡契約(以下,原告らと被告が締結した各譲渡契約を一括して「本件譲渡契約」と,その譲渡価格を「本件譲渡価格」といい,各譲渡契約の対象となった住宅の専有部分及び敷地等の共有持分権を「本件譲渡物件」という。)を締結した。
(4)住宅等の再譲渡に関する制限
 公社法施行規則(以下「施行規則」という。)7条1号は,地方公社は,積立分譲住宅を譲渡する場合においては,譲渡の対価の支払が完了するまでの間(積立分譲住宅の引渡しの日から5年以内に支払を完了したときは5年間とする。)は,当該積立分譲住宅に関する所有権,質権,抵当権,使用貸借による権利又は賃貸借その他の使用及び収益を目的とする権利の設定又は移転については,あらかじめ,地方公社の承諾を受けることを譲渡契約の条件としなければならない旨規定している(乙第4)。
(5)住宅等の価格決定方法に関する規定
 施行規則6条1項は,「積立分譲住宅の譲渡対価は,積立分譲住宅の建設費,積立分譲住宅の建設に要した資金の利息又は利息に相当する金額,分譲事務費,空家等による損失を補てんするための引当金及び公租公課を合計した金額を基準として,地方公社が定める。」と,同条2項は,「地方公社は,特別の事情がある場合において前項の規定により難いときは,都道府県知事等の承認を得て,譲渡の対価を別に定めることができる。」とそれぞれ規定している。この規定は,施行規則11条により一般分譲住宅にも準用されている(乙第4)。
(6)値下げ販売の実施
 本件分譲住宅は,平成11年5月21日の時点においても全223戸のうち111戸が売れ残っていた。
 そのため,被告は,不動産鑑定士による鑑定(乙第10ないし第13)を行った上で鑑定評価額に基づき新価格を算定し,平成11年5月21日付で神奈川県知事に対して譲渡価格変更承認申請書を提出し,同月28日付で申請が承認された。被告は,同年7月6日付で,本件分譲住宅の既購入者に対し,売れ残っていた物件を新価格で再販売すること及び販売を見合わせていた第18期3次(31棟)の販売を行うことを通知した(乙第10ないし第18)。
 被告は,平成11年7月10日から同月25日までの間,売れ残り住宅につき値下げをして再販売を行い,購入申込の受付を行った(以下,「本件値下げ販売」という。)。この際の平均値下げ率は44.38パーセント(以下「本件値下げ率」という。)であった。

3 争点
 (1)公序良俗違反(暴利行為)の有無
 (2)価格維持義務違反に基づく債務不履行又は不法行為の成否
 (3)説明義務違反に基づく債務不履行又は不法行為の成否
 (4)原価に基づく適正な価格による譲渡義務違反に基づく債務不履行又は不法行為の成否
 (5)著しい価格格差の回避義務違反に基づく不法行為の成否
 (6)不当利得及び損害の額

4 争点についての当事者の主張
(1)争点(1)(公序良俗違反の有無)について
 【原告らの主張】
 ア 暴利行為に該当し公序良俗に反するか否かの問題は,当該取引が社会的相当性を著しく逸脱しているか否かが判断の対象となるものであり,主観的事情も単に「窮迫」,「軽率」,「無経験」という概念にとらわれて判断されるべきものではない。また,主観的要件及び客観的要件の双方が必要であるとしても客観的要件として不相当の状況が著しい場合には,主観的要件は緩やかに理解されるべきものである。そして,本件の判断に際して重要な問題は,本件が対等な民間相互の取引ではなく,その設立趣旨からしてむしろ社会での不公平を是正し,実質公平な市民生活を実現することを目的として設立された被告との取引であったという点である。
 イ 本件譲渡価格が著しく高額であること
 (ア)平成11年の公示地価(東京圏の住宅地についてのもの)を100とした場合(被告は平成11年の本件値下げ販売価格は地価動向を反映させた適正価格であったと主張し,鑑定書を提出している。),平成7年の公示地価は120,平成4年の公示地価は157という値になる。
 本件団地においては,平成4年に第16期積立分譲住宅の販売が行われているが,この平成4年,平成7年(本件譲渡契約時)及び平成11年(本件値下げ販売時)にそれぞれ販売された分譲住宅の敷地とされた土地は,同条件で取得,開発,造成が行われたものであり,その原価構成は変わらないはずである。
 平成4年の第16期分譲分(3−11棟)には被告が鑑定書で鑑定対象としたものと同一のものがなかったため,3−11棟の6タイプの共同住宅を選択し,それぞれの実際の消費税額と譲渡価格から土地価額分を算定する(計算式:建物価額分=消費税額×1.03÷0.03,土地価額分=譲渡価額−建物価額分。以下,同様の計算式で計算するものとする。)と,別紙土地価額分算定結果の別表3のようになり,1平方メートルあたり平均約49万円で譲渡したことになる。これに対し,被告が本件値下げ販売を行った際に参考にしたと主張する平成11年に実施された鑑定(乙第10ないし第13)の鑑定対象物件(32棟604号室,30棟504号室,31棟803号室の各物件)の鑑定評価額のうち土地価額分は1平方メートルあたり平均約35万円であり,上記の平成11年を100とした場合の平成4年の公示地価動向によると平成4年については平成11年の1.57倍であることから,約55万円が地価動向を反映した適正と考えられる1平方メートルあたりの土地価額であったといえ(別紙土地価額分算定結果の別表3)被告は平成4年においては割安で譲渡したものといえる。
  一方,上記の鑑定対象物件(32棟604号室,30棟504号室の各物件)の平成7年における本件譲渡価格のうちの土地価額分につき,1平方メートルあたりの価額を算出すると,別紙土地価額分算定結果の別表2のとおり約110万円であった。これに対し,被告が適正価格であったと主張する平成11年の鑑定評価額の土地価額分は1平方メートルあたり約35万円であり,上記の平成11年を100とした場合の平成7年の公示地価動向によると平成7年については平成11年の1.2倍であることから,約42万円が地価動向を反映した適正と考えられる1平方メートルあたりの土地価額であったといえる。
 なお,別紙土地価額分算定結果の別表2及び3から明らかなように,建物価額分は1平方メートルあたり20万円台後半から30万円台で一応の許容範囲内であると評価でき,価格に著しい不平等をもたらしているのは土地価額であるといえる。
 以上の検討結果からすると,被告は平成11年においては,地価動向を反映した適正価額として1平方メートルあたり約35万円(土地価額)で譲渡し,平成4年においても地価動向を考慮した価額である1平方メートルあたり約55万円を下回る約49万円(土地価額)で譲渡しているにもかかわらず,本件譲渡契約が締結された平成7年においては,地価動向を考慮すれば1平方メートルあたり約42万円で譲渡すべきであつたところを約110万円(土地価額)で譲渡したものであって,適正価格の約2.7倍という高値で譲渡したものである。
(イ)また,本件譲渡物件のうち32棟404号室については,分譲当時の土地の鑑定価格は1300万円であるにもかかわらず(甲第7),実際の譲渡価格(5583万8000円)のうちの土地価額分は3221万6667円であり,30棟1104号室については,分譲当時の土地の鑑定価格は1290万円であるにもかかわらず(甲第8),実際の譲渡価格(5673万9000円)のうち土地価額分は3274万円であった(実際の譲渡価格のうちの土地価額分については上記何と同様の計算式で算出したもの。)。したがって,32棟404号室については,公示価格から導かれる鑑定価格に対し,実際の分譲当時の土地の譲渡価格は2.478倍であり,30棟1104号室については2.537倍であることから,本件譲渡価格のうちの土地価額分は時価(鑑定評価額を時価と認定すべきである。)と比較すると平均約2.5倍であって,実態と比較して著しく乖離した価格であった。
(ウ)以上からすると,本件譲渡価格は時価と比べて著しく高額であって適正な価格であったとはいえず,この不均衡は社会的に是認し難いものである。
ウ 主観的事情について
 被告は,住宅問題に悩む勤労者に対し,良好な環境のもとで住宅を供給して住宅福祉の増進に寄与する立場にある極めて公共的性格の強い特別法人であり,不動産に関する知識情報量において圧倒的に優位な立場にあった。他方,原告らは,資金の確保や住宅ローンを利用した場合の返済などに頭を悩ませながら生活基盤である住宅を確保したいと考えている一消費者・一市民であり,被告の公共的性格に鑑み,被告の高い倫理性を信じて疑うことなく,被告が的確かつ合理的方法で譲渡価格を決定したであろうことについては疑う余地がなかった。
 しかるに,被告は,原告らが被告に対する期待や信頼を有していることを了知しながら,それを奇貨として本来の適正な価格を秘し,本件譲渡価格が決定されるに至った過程を何ら具体的に説明することもなく,不動産の価格決定の方法等につき知識を有しない原告らに対し,あえて「値下げ販売はできない。」,「値下げをして販売した場合には遡及措置を講じる。」等と虚偽のセールストークを用いて,地価動向を無視して土地価額分について時価の平均約2.5倍の譲渡価格を「適正価格である」と称して原告らに譲渡するに至ったものである。
エ したがって,仮に原告らが不動産に関するそれなりの知識,情報(尤も原告らが本件分譲住宅に関して取得し得た資料はパンフレットのみであった。)を有し,また,他の物件を購入する自由意思を有していたとしても,上記のような事実からすると,被告の公共性からしてその勧誘,本件譲渡契約の締結については客観的事実から著しい不正義があったと断言することができる。それゆえ,被告の譲渡行為は,その客観的,主観的事情を総合してみれば著しく不相当な行為として暴利行為といえ,公序良俗に反するものと評価すべきであり,本来の時価と本件譲渡価格との差額部分についての契約は一部無効である。よって,本件譲渡価格のうち,時価を超える価格部分(別紙第1期譲渡価格と当時の適正価格の各住戸別差額一覧表の損害額欄に記載のとおり。)については民法90条に違反して無効であり,法律上の原因を欠き被告の不当利得となるものである。
オ その他の考慮要素
 また,本件譲渡契約は,下記のように,国土利用計画法(以下「国土法」という。)の理念,規制を実質的に潜脱するのみならず,土地基本法及び公社法等の理念にも違背する行為であり,この点も公序良俗違反の判断において考慮されるべきである。
 (ア)国土法上の違法性
 国土法は,監視区域に指定された地域内における民間企業による土地売買については届け出を義務付け,公示価格を基準として,当該売買が周辺地域の適正な地価の形成に著しい支障を及ぼす場合には取引中止などの勧告ができる旨を規定し,実質的には地域における基準を超える価格による取引を規制している(国土法27条の8,27条の5第1項)。実際には,公示価格を基準として当該土地について算定された価格の1.2倍程度をめどに取引中止などの勧告がなされている。この勧告に強制力はないが,勧告を無視しての取引は事実上できない状態にあり,取引中止の勧告を受けた場合,取引を中止するか価格を変更して取引を行うのがほとんどである。
 国土法は,被告を含む国等には上記のような届け出義務を課してはいないが(国土法23条2項3号,18条,国土利用計画法施行令14条),被告を含む国等が土地売買等の契約を締結しようとする場合には,「適正な地価の形成が図られるよう配慮するものとする」と規定している(国土法27条の10)。これは,被告を含む国等は高度の公共性を有していること等から必要性がないものとして監視の対象には入れないこととしたものであるが,代わりに自主的に「適正な地価の形成が図られるよう配慮する」こととしたのであり,民間に許容されない高値での取引を自由に行えるものではないことは明白である。
 したがって,被告が監視区域において民間企業と同じような形態の土地取引を行う場合には・民間企業であれば中止勧告が出されるような取引条件については,自主的に回避することが国土法上義務付けられているというべきである。本件譲渡契約がなされた平成7年の時点で本件団地は監視区域に指定されていたにもかかわらず,被告は,時価の約2.5倍という高額で土地価格を設定して本件譲渡契約を締結しているが,これは民間企業の取引であれば当然勧告の対象となり,事実上取引は中止あるいは値下げをせざるを得なかったことは明白であり,国土法上の「適正な価格の形成が図られるよう配慮す」べき義務に違反した被告の行為の違法性の軽度は極めて重い。
 また,公社法22条も・地方公社は住宅及び宅地の譲渡に関する業務を行う場合には,譲渡価格が適正なものとなるように努めなければならないと規定しているが,ここにおける適正な譲渡価格も国土法に適合しているべきであることは言うまでもない。
 このような公法的な価格設定の違法性は,国土法上直ちに取引が無効 とされるものではなく,公社法に処罰規定等がないとしても,本件のような事案において,契約法,不法行為法上の違法性を判断する上で重視すべき要因であり,特段の理由がない限り,公的存在たる被告が国土法や公社法の理念に著しく違反する価格設定により行った譲渡行為は民事上の違法性さらには公序良俗違反の判断をする上で重要な要素となると考えるべきである。
(イ)土地基本法上の違法性
 土地基本法は,土地に関する基本理念を定め,土地についての公共の福祉を優先させることを明確に宣言している。
 本件における被告の行為は,社会的に見るならば公社という公的存在でありかつ土地住宅問題の専門機関たる被告が,経済的なリスク負担能力が脆弱な存在である勤労者等に対して,大幅な住宅価格低下による損失を転嫁した行為に他ならない。このような被告の行為は,公共の福祉に反するものとして土地基本法の理念にも反し,民事上の違法性又は公序良俗違反を判断する上で重要な要因となることは明らかである。
 【被告の主張】
 以下に述べるとおり・被告の譲渡行為が暴利行為に該当することはなく,公序良俗に反しないことは明らかである。
 ア 本件譲渡価格は適正価格であった
(ア)本件譲渡契約は,土地と建物を個別に売買することを目的とするものではなく・敷地権付建物という一つのユニットを売買の目的とするものである。原告ら主張のように,譲渡価格を土地価格分と建物価格分とに分ける意味は全くないのである。本件譲渡契約の契約書(乙第2の2,第3)には,譲渡価格として当該共同住宅について被告が定めた金額が記されているが土地価格分と建物価格分とに分けた記載はない。また,多くのマンション販売業者が販売価格設定の資料としている「不動産経済調査月報(株式会社不動産経済研究所発行)」(乙第27ないし第46の7)も,敷地権付建物の価格を土地価格分と建物価格分に分けることはしておらず,一つのユニットとしての価格の動向を報告している。乙第10ないし第12の鑑定書においては,鑑定評価額の内訳として土地価格と建物価格を記載しているため土地と建物とを分けて鑑定評価を行っているようにも見えるが,この鑑定は,鑑定評価額として比準価格を採用しており,この比準価格の試算の過程においては土地と建物を分けることなく一体として扱っていることが明らかであり,ただ,参考に供するためにあえて鑑定評価額を土地価格分と建物価格分とに分けるとすれば積算価格の比で按分するとしているだけのことである。
 消費税が建物についてのみ課されることは政策的な理由によるものにすぎず,敷地権付建物の譲渡価格の決定には全く関係がない。また,販売価額中に消費税を課す対象として建物価格が表示されることがあるとしても,それは,国税庁の消費税の基本通達に基づいて算出された結果にすぎない。
 また,本件譲渡価格が原告らが主張するように被告の異常な価格設定行為によるものであったのならば,原告らは被告と譲渡契約を締結しなければよかったはずである。原告らが,その自由な意思決定により被告と譲渡契約を締結した以上,その譲渡価格が正に当時の適正価格であったのであり,遡って異常な価格設定行為によるものであったとされるいわれはない。
(イ)本件分譲住宅のうち第17期の平均価格は5663万3508円(1平方メートルあたり71万1476円,平均専有面積79.60平方メートル),第18期1次及び同2次の平均価格は5661万1036円(1平方メートルあたり71万1551円,平均専有面積79.56平方メートル)である。一方,原告らが問題としている平成7年の横浜市内のマンションの平均価格は,不動産経済調査月報1996年1月度版(乙第27)からすると,4468万円(1平方メートルあたり65万4000円)である。これを本件団地の上記平均専有面積に換算すると,第17期に対応する価格は5205万8400円,第18期1次及び同2次に対応する価格は5203万2240円となり,当時の横浜市内のマンションの平均価格と本件分譲住宅の平均価格との差は,第17期においては457万5108円,第18期1次及び同2次においては457万8796円に過ぎない。また,当時の横浜市内のマンションと本件分譲住宅との1平方メートルあたりの平均価格の差は,第17期においては5万7476円,第18期1次及び同2次においては5万7551円に過ぎない。
 また,平成7年に本件団地周辺で販売されたマンション(本件団地の所在地である横浜市旭区及び本件団地の最寄り駅の所在地である横浜市青葉区,緑区,瀬谷区内で販売された全てのマンションを最寄り駅までの交通手段を問わずに抽出したもの)の1平方メートルあたりの販売価格と本件団地第17期,第18期1次及び同2次の平均譲渡価格を専有面積で除した1平方メートルあたりの単価とを比較すると,別紙平成7年若葉台周辺マンション市場単価の棒グラフのとおりとなるが(乙第36の1ないし4,第37の1ないし5,第38の1ないし7,第39の1ないし5,第40の1ないし5,第41の1ないし11,第42の1ないし13,第43の1ないし6,第44の1ないし7,第45の1ないし7,第46の1ないし7),この棒グラフからすると,本件譲渡価格は,当時の周辺のマンション市場価格と大差はなく,当時の適正価格であったことが明らかである。
 このように,本件譲渡価格と市場価格との間には著しい価格差は存在せず,本件譲渡価格は適正なものであった。
(ウ)原告らは,甲第7及び第8の鑑定書を根拠に本件譲渡価格が著しく高額であると主張するが,以下に述べるとおり,これらの鑑定書は分譲契約時の市場の情勢を的確に把握したものとはいえず,結論において物件の価格を不当に低く評価したものであってその鑑定結果はにわかに措信し難い。
 a 甲第7は,本件団地32棟404号室(新築,3LDK,壁芯床面積79.13平方メートル)の分譲契約時(平成7年8月25日)の適正価格を3770万円(坪当たり単価は約157万4770円)と鑑定し,甲第8は,本件団地30棟1104号室(新築,・3LDK,壁芯床面積79.13平方メートル)の分譲契約時(平成8年11月24日)の適正価格を3810万円(坪当たり単価は約159万1479円)と鑑定している。
 他方,原告Aは,平成6年11月に当時所有していた本件団地の至近距離にある築14年の中古物件(2LDK,5階建ての5階でエレベーターなし,壁芯床面積56平方メートル)を2980万円で売却しているが,その坪当たり単価は約175万9149円であった。
 これらの坪当たり単価を比較すると,築14年で狭く設備面でも劣る中古物件の売却価格の単価の方が高く,甲第7及び第8の鑑定結果には疑問がある。
 b 本件団地に最寄り駅は3つ(相模鉄道三ツ境駅,JR横浜線十日市場駅,東急田園都市線青葉台駅)あり,青葉台駅周辺の物件の価格が他の2駅周辺の物件よりも高い傾向にあるにもかかわらず,甲第7及び第8の鑑定書は,比準価格を試算するためのマンション分譲事例として,価格が低い傾向にある2駅(三ツ境駅及び十日市場駅)の周辺の物件のみを選定しており,事例の選定方法が恣意的である。また,甲第7の鑑定書においては当該分譲契約時よりも価格が低くなる傾向   にある時期に販売された物件のみが選定されており,中古物件ではあるが原告Aについての実際の取引事例が存在するにもかかわらずあえてこれを無視し,時間的・場所的条件から本件団地より低価格傾向にある物件を恣意的に比較事例として選択して作成されたものである。
イ 主観的事情について
 原告らは,被告が譲渡価格が決定されるに至った過程を何ら具体的に説明することなく,原告らに対し虚偽のセールストークを用いて地価の動向を無視して適正価格の約2.5倍の物件を適正価格と称して譲渡したと主張するが,分譲住宅譲渡契約の勧誘及び締結に際し,譲渡価格が決定される過程の説明は不要であるし,また,原告らが主張するような事実もない。原告らは本件譲渡物件を買わなければならない特段の事情があったわけではなく,住宅情報誌等から情報を得,他の競合物件と比較枚討し,パンフレット等の交付を受けて重要事項の説明を受けた上で,提示された譲渡価格を承諾して自由な意思に基づき本件譲渡契約を締結したのであるから,被告が,原告らの無思慮,窮迫及び無経験等を利用して本件譲渡契約を締結したということはできない。
ウ その他の考慮要素
 被告が土地売買の当事者であるときは国土法の適用はないが,被告は施行規則6条1項,11条に基づいて市場価格等の諸要素を勘案して相当な譲渡価格を設定しており,前述のように本件譲渡価格は適正な価格であったのであるから国土法の理念に反するようなことはない。
 (2)争点(2)(価格維持義務違反)について
 【原告らの主張】
ア 譲受人に対し良質な住宅を適正な価格で公平平等な取扱いで譲渡するとの趣旨から,被告においては,分譲住宅の譲渡価格はいわゆる原価主義(施 行規則6条1項)に基づき決定すべきものとされている。この原価主義に基づく価格とは,分譲住宅の建設費,分譲住宅の建設に要した資金の利息等を合計した金額をいう。そして,施行規則は,分譲住宅の譲渡後においても原価主義に基づく価格を維持する趣旨から7条1号において譲渡制限規定(譲渡契約後最低5年間は購入した住宅の所有権等の移転等につき地方公社の承諾を得なければならない旨の規定)を定め,譲受人が分譲住宅を自由に処分することを制限している。
 被告が,原告らが購入したものと同一タイプないしは類似の物件を原告らの購入価格より著しく低い価格で販売すると,本件団地のように近隣に同種の団地のない大規模団地にあっては,値下げされた価格が相場を形成し原告らが購入した物件はこの値下げ価格を超えて処分することは事実上不可能となることからすると,本件譲渡契約においては,上記の施行規則の趣旨に照らして,原告ら及び被告の双方に,契約締結から少なくとも5年間は原価主義によって定められた価格を遵守,維持すべき義務(同一ないし類例の物件については同一価格で譲渡しその価格を維持すべき義務)が課せられていると解釈すべきである。
イ また,被告は,本件団地を一手に開発し住環境を持続して維持,発展させる立場にあり,本件譲渡契約は個々人と民間事業者との1回的譲渡とは異なるものであるから,被告は原告らの住環境を保全することはもとより,個々的な譲渡においても同一ないし類似の物件については同一価格で譲渡すべき義務があったといえる。
ウ さらに,被告担当者及び販売担当部長は,契約交渉の過程において,原告らの多数人に対して,再三にわたり「値引き販売をしない。」との趣旨を公言し,多くの原告らは,被告が将来値引き販売をしないものと信じて本件譲渡契約を締結したものである(別紙セールストーク一覧表参照)。
 それ故,被告の「値引き販売をしない。」との意思表示は,現実に本件譲渡契約時にキャンセルが続出していたことに鑑みれば,本件譲渡契約の重要な要素を占めるものである。
エ 以上からすると,被告が本件値下げ販売において,当初の譲渡価格を平均44.38パーセントも下回る価格で値下げ販売した行為は,本件譲渡契約上の価格維持義務に反する債務不履行及び不法行為であり,これによって,原告らは,本件譲渡価格に本件値下げ率を乗じた金額相当の損害をそれぞれ被った。
 【被告の主張】
 以下の理由から,被告は原告らの主張するような価格維持義務を負うものではない。
 ア 原告らは,いわゆる原価主義(施行規則6条1項)及び譲渡制限(施行規則7条1号)の趣旨を価格維持義務の根拠の一つとして主張するが,これは原告ら独自の主張に過ぎない。
 そもそも,施行規則は行政命令であって行政命令を巡る紛争,行政命令への適合性の有無は司法審査の対象となるものではない。
 施行規則6条1項は,分譲住宅の譲渡価格の決定に際し,同項が掲げる諸費目を合計した金額を標準として決定することを要請してはいるが,その合計金額をもって分譲住宅の譲渡の対価とするとは定めておらず,それを目安として地方公社が様々な要素を考慮してその上方であっても下方であっても然るべき価格を決定すべきことを定めているにすぎない。また,公社法33条1項は,地方公社がその事業の結果として利益を生じさせることを否定するどころか利益が生じることを想定しており,利益が生じるということは,施行規則6条1項が掲げる諸費日の単なる合計によって譲渡の対価が決定されるものではないということであり,この合計金額はあくまで基準であるということがここからも窺えるのである。実際,被告は,これから販売しようとする物件が存在する地域において,他社の物件が敷地権付建物という一つのまとまりとしてどのような価格で販売されているのかを調査し,それぞれの物件の諸要素を総合勘案して,いくらならその地域で他社物件と競り合って売ることができるのか,という視点から分譲住宅の販売価格を決定している。
 また,施行規則7条1号及びこれを踏まえた原告らと被告の間の本件譲渡契約における5年間の譲渡制限規定は,同契約が事業用賃貸目的や転売目的ではなく,自ら居住する目的で購入する者との間で締結される必要性を達成するために設けられたものであり合理性を有するものであるが,この規定が存在するからといって,5年間は当該価格を遵守維持すべき義務が発生するわけではない。
 したがって,これらの規定から原告らが主張するような価格維持義務というものを導き出すことはできない。
イ 原告らは,被告は本件団地を一手に開発し住環境を維持,発展させる立場にあり,本件譲渡契約は個々人と民間事業者との1回的譲渡とは異なることが価格維持義務の根拠であるとも主張する。
 仮に,被告が原告らの主張するような立場にあるとしても,被告と原告ら各人との間の本件譲渡契約は,当該分譲住宅の譲渡という意味で民間事業者との間のものと全く異ならず,価格維持義務という特別な義務が発生するわけではない。
ウ 別紙セールストーク一覧表の記載内容のうち,値下げ販売をしないというような趣旨の発言があったことは認める(具体的な日時,場所,発言者名,表現までは分からない。)が,これはその時点では値下げ販売は予定されていなかったという意味に過ぎない。被告は,本件譲渡契約当時・値下げ販売を全く予定していなかったのであるから,被告の販売担当者らの発言内容に間違いはなく,その発言に違法性はない。
 また,このような販売担当者の発言は,あくまでもその担当者の個人  的見解にすぎず,被告が値下げ販売をしないとの意思表示をしたものではない。販売担当者は,将来に渡る被告の経営方針を述べる立場にはないし,将来に渡り値下げをしない旨の約束をする立場にもない。このことは,当時の販売担当部長の発言についても同様である。
 (3)争点(3)(説明義務違反)について
  【原告らの主張】
ア 被告は,公社法1条に定められたとおり公共的な存在であり,それ故一般の民間業者以上の信頼を社会から得ていた。そして,被告には,この公共的立場に基づく信頼を裏切らないだけの説明義務が課せられており,それは民間の宅地建物取引業者の説明義務以下のものではなく,宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)上規定されている説明義務にとらわれずに,住宅取得者の利益を阻害するおそれのある事項につき広く説明義務を負うと解するのが合理的である。
 このような観点から,被告には,少なくとも以下のような説明を原告らに対して行う義務がある。
 @本件譲渡契約の重要な要素である本件譲渡物件の販売状況(とりわけ物件の売れ残りやキャンセルの状況),地価の動向,値下げ販売の可能性等を正確に知らせる義務
 A販売状況等に関する質問に対して,契約締結時において,誤った情報や不正確な情報を提供したり,将来的に値下げ販売はしない等の断定的な判断を提供したりして契約締結もしくは決済を勧めてはならない義務(虚偽の説明回避義務)
 B譲渡価格が適正価格に比べて不均衡である場合にはその旨を説明し,公社法22条が規定するように「譲渡価格が適正」とはならないことにつき原告らの承諾を得て契約関係に入る義務
イ しかし,被告は,@本件譲渡契約時において,積立分譲契約者の多くに ついてキャンセルが相次ぎ当該譲渡価格では完売は不可能で将来値下げ販売が十分に予測されたにもかかわらず,そのことを原告らに告げることなく販売を行い,A将来値下げ販売が十分に予測された状況下で,「値下げ販売をしない。」との不正確かつ断定的判断を多くの原告らに告知し,本件譲渡契約を勧めたものであり(別紙セールストーク一覧表参照),B「値下げ販売は一切しない。」等と虚偽の事実を申し向け,譲渡価格と適正価格との不均衡につき原告らの承諾を得ることなく当時の時価の平均約2.5倍もの高価格で原告らを勧誘し本件譲渡契約を締結している。
 以上のことが被告の説明義務違反を構成することは明らかである。
ウ 被告の以上のような説明義務違反は,原告らに対する債務不履行及び不法行為であり,これによって,原告らは,本件譲渡価格と当時の適正価格との差額相当分の損害(別紙第1期譲渡価格と当時の適正価格の各住戸別差額一覧表の損害額欄に記載のとおり。)を被った。
 【被告の主張】
 以下に述べるように,被告は,原告ら主張のような内容の説明義務を負うものではない。
ア 確かに,被告を含む地方公社には宅建業法の適用はないが,被告は自らの責任で分譲住宅の買い主に対し物件に関する説明を尽くしている。また,宅建業法の適用がないからといってその説明の内容や程度が民間事業者のそれを上回るべきであるとする根拠は全くない。
イ 原告らは,被告が公共的存在として民間事業者以上の信頼を得ており,不動産価格の動向等に関する専門的知識や情報を独占し,いわゆる原価主義によって純粋な市場原理によらない特殊な価格決定システムをとっていることから,本件団地の販売状況(とりわけ物件の売れ残りやキャンセルの状況)・地価の動向・値下げ販売の可能性等を正確に知らせる義務(一般的説明義務)があったと主張する。
 しかし,原告らにとって本件譲渡物件は購入を検討していた複数の物件の一つにすぎず,原告らは購入を検討するにあたり不動産価格の動向等について情報誌その他の資料から情報を得ていたのであるから,被告が情報を独占していた事実はない。また,本件分譲住宅の譲渡価格は,施行規則6条1項が掲げる諸費目を合計した金額を標準としつつ,様々な要素を考慮して被告が決定したものであり,そこに市場原理が働くことは他の民間事業者の場合と同様である。
 したがって,被告は,売買対象物件の性状,権利関係,法的規制等の説明義務は負うが,原告らが主張するような地価の動向,値下げ販売の可能性,物件の売れ残りやキャンセルの状況について説明する法的義務を負うものではない。
ウ 原告らは,契約の相手方に対して誤った情報や不正確な情報を提供したり,断定的判断を提供したりして契約締結を勧めることは許されないと主張するが,被告は本件譲渡契約当時,値下げ販売を行うことは全く予定していなかった。従って,被告の販売担当者らの当時の発言内容に間違いはなく,発言自体には違法性は全くない。
(4)争点(4)(原価に基づく適正な価格による譲渡義務違反)について
 【原告らの主張】
ア 被告は,本件譲渡契約に際し,パンフレット等で本件譲渡価格が「原価からみて適正な価格」であることを原告らに明示し,各戸の譲渡価格表を呈示している。これは,被告自身,本件譲渡契約における譲渡価格については「原価からみて適正な価格」であることを契約内容とすることを意思表示の内容としているものに他ならない。ここでいう原価とは施行規則6条1項に掲げられている諸費日の合計金額のことであり,同項は,地方公社の公共的な性格に鑑み,私企業のように需給バランスに基づいて自由に譲渡価格の決定ができるというのではなく,譲受人に対して良質な住宅を 適正な価格で公平・平等な取扱いで譲渡するとの趣旨からいわゆる原価主義を採用し,建設費や建設に要した資金の利息等の合計金額を基準として分譲住宅の譲渡価格を決定すべきものとしているのである。
 しかるに,上記(1)で主張したように,被告は,地価動向を考慮すれば1平方メートルあたり約42万円で譲渡すべきであったところをその約2.7倍である約110万円で譲渡したものであって,地価動向を明らかに無視した価格で本件譲渡物件を譲渡している。このような著しい高値での販売は,「原価に基づく適正な価格」を著しく逸脱したものといえる。
イ 被告の原価に基づく適正な価格で譲渡する義務違反の債務不履行及び不法行為によって,原告らは,本件譲渡価格と当時の原価に基づく適正価格との差額相当分の損害(別紙第1期譲渡価格と当時の適正価格の各住戸別差額一覧表の損害額欄に記載のとおり。)を被った。
 【被告の主張】
 以下に述べるように,被告が「原価に基づく適正な価格による譲渡義務」を負わないことは明らかである。
ア 施行規則6条1項は,分譲住宅の譲渡価格につき,建設費をはじめとするいくつかの費目を掲げ,それらを合計した金額を「基準」として「地方公社が定める」としていることから,この合計金額を目安にした上で地方公社が様々な要素を考慮してその上方であっても下方であっても然るべき価格を決定すべしとしている。つまり,被告が販売価格を決定するに際し,市場相場等をどのように加味するかは被告が自由に判断することができるのであり,原告らがいうところの原価主義は認められない。また,そもそも,施行規則は行政命令であり,国民の権利義務に直接関係しない行政機関内部の準則であって,行政命令をめぐる紛争及び行政命令への適合性の有無は司法審査の対象となるものではない。
イ 原告らは,被告が,パンフレット等で「原価に基づく適正な価格」での譲渡であることを契約の内容とする旨の意思表示をしたと主張するが,パンフレット(乙第8の3,第9の2)中の記載は,住宅金融公庫の融資付分譲住宅のパンフレットに一般的に用いられているものを掲載したものにすぎず,上記(2)で述べたように,販売担当者の発言についてはそれをもって被告の意思表示とすることはできない。
 しかも,原告らは,その自由な意思により被告と本件譲渡契約を締結したのであるから,その譲渡価格,すなわち被告が施行規則6条1項に基づき決定した価格こそが当時の適正価格であったのであり,それが遡って高値であったと非難されるいわれはない。
(5)争点(5)(著しい価格格差の回避義務違反)について
 【原告らの主張】
ア 被告は,公共的性格の強い公法人であることから,民間企業による住宅の販売と異なり需給バランスによる自由な価格決定は許されず,譲受人を実質的に平等に扱う義務が課せられている。その結果,被告には,譲受人の譲受時期によって著しい価格格差が発生することを回避する義務が課せられている。
 平成7年から平成9年にかけては不動産価格の下落傾向が持続していた時期であり,当初の譲渡価格を維持したのでは将来大量の売れ残りが出ることは被告において当然に予想できたはずである。大量の売れ残りが発生した場合には大幅な値下げ譲渡を行うことになる結果,取得時期によって譲受人の間に著しい不平等が生じることから,被告はできるだけ早期に一律に適正割合による減額修正を施した価格での譲渡を行い,「著しい価格格差を回避する義務」があったというべきである。
イ 被告は,早い時点での一律減額により大量の売れ残りや著しい価格格差の発生を回避できたにもかかわらず,漫然と市場価格から著しく乖離した譲渡価格を何年にもわたり維持した上,平成11年7月以降大幅な値下げ 販売を行って譲受人の間に著しい価格格差を生じさせたものであり,このような被告の行為は,上記のような著しい価格格差の回避義務に違反する不法行為である。
 これにより,原告らは本件譲渡価格に本件値下げ率を乗じた金額相当の損害をそれぞれ被った。
 【被告の主張】
 以下に述べるように,原告らが主張するような著しい価格格差を回避する義務を被告が負わないことは明らかである。
ア 前記(1)で述べたように,本件譲渡価格は当時の市場における適正価格であったのだから,被告には,原告らが主張するような市場価格との著しい価格格差を回避する義務は課せられておらず,従ってその義務違反も認められない。
イ 被告は,販売しようとする物件が存在する地域において,他社の物件が敷地権付建物という一つのまとまりとしてどのような価格で販売されているかを調査し,それぞれの物件の諸要素を総合勘案して,いくらならその地域で他社と競り合って売ることができるのか,という視点から分譲住宅の販売価格を決定している。このようにして決定した本件譲渡価格は,被告と原告らとの間の分譲住宅譲渡契約の契約書に記載されており,原告らは,その金額で購入することを自らの意思で決定して契約したのであるから,原告らが購入した価格がその時点での適正価格なのであり,原告らが地価動向を懸念し,購入によるリスクを回避したいと考えるならば物件を購入しなければよいのであって,原告らはその自由を有していたものである。
ウ また,被告は,原告らの住環境整備のために空室を減少する措置をとらなかったわけではなく,頭金後払い制度の導入その他可能な限りの販売努力を行ったが,及ばずに本件値下げ販売に踏み切ったのである。
(6)争点(6)(不当利得及び損害の額)について
 【原告らの主張】
ア 本件譲渡契約が公序良俗違反により一部無効であることによる被告の不当利得額は,それぞれ別紙第1期譲渡価格と当時の適正価格の各住戸別差額一覧表の損害額欄に記載のとおりであるが,原告らは,そのうち別紙請求債権一覧表の値下げ損害一部請求額欄記載の各金額の支払を請求する。
 被告の価格維持義務違反(債務不履行及び不法行為)又は著しい価格格差の回避義務違反(不法行為)による原告らの損害額は,別紙取引一覧表の購入金額欄記載の各金額に本件値下げ率(44.38パーセント)を乗じた金額相当であるが,原告らは,そのうち別紙請求債権一覧表の値下げ損害一部請求額欄記載の各金額の支払を請求する。
 被告の説明義務違反(債務不履行及び不法行為)又は原価に基づく適正な価格による譲渡義務違反(債務不履行及び不法行為)による原告らの境害額は,それぞれ別紙第1期譲渡価格と当時の適正価格の各住戸別差額一覧表の損害額欄に記載のとおりであるが,原告らは,そのうち別紙請求債権一覧表の値下げ壊害一部請求額欄記載の各金額の支払を請求する。
イ これに加えて,原告らは,被告の債務不履行,不法行為ないしは不当利得によって,別紙請求債権一覧表の弁護士着手金欄及び弁護士報酬欄記載の各金額相当の損害も被っている。
 【被告の主張】
ア 原告らは,「本件譲渡価格と当時の適正価格との差額」を損害として主張するが,原告らは,自ら承知して本件譲渡価格でそれぞれ購入しているのであって,それは,原告ら自身本件譲渡価格を当時の適正価格と認めたことに他ならず,原告らに損害が発生するということは考えられない。
 また,原告らは,「本件譲渡価格と値下げ価格との差額」(本件譲渡価格に本件値下げ率を乗じた金額相当)をも損害として主張するが,不動産の価格は常に変動しており,原告らの購入当時から本件値下げ販売に至るまでの間は下落傾向にあったものの,その後どのように推移するかは誰にも分からないことであり,仮に,今後,不動産価格が上昇傾向に転じたときには原告らが主張するところの損害が埋め戻されることがあり得るばかりでなく,さらに原告らの購入価格を上回った場合には,原告らは利益を得ることにさえなり得るのであるから,原告らには損害は生じていない。
イ 原告らのその他の主張については争う。

第3 争点についての当裁判所の判断
1 争点(1)(公序良俗違反の有無)について
(1)他人の窮迫,軽率,無経験等に乗じて不当な財産的給付を約束させる行為である暴利行為は,社会的相当性を著しく逸脱し,公序良俗に反するものとして無効になると解されるが,暴利性の有無については,給付とその反対給付との間の客観的な対価的不均衡と行為者の上記のような主観的事情をあわせ考慮して判断すべきものである。
 そこで,まず,本件譲渡物件の価値と本件譲渡価格との間に,社会的相当性を著しく逸脱するといえるような対価的不均衡が生じていたか否かを検討する。
ア 原告らは,本件譲渡価格とその消費税額から譲渡価格のうちの土地価額分を1平方メートルあたり約110万円と算出し,これと被告が適正価格であったと主張する鑑定評価額(乙第10ないし第13)と公示地価の推移をもとに算出した平成7年当時の土地価額分の適正価格(1平方メートルあたり約42万円)とを対比すると,両者の間には約2.7倍もの格差があることから,本件譲渡価格は適正な価格であったとはいえないと主張する。また,原告らは,不動産鑑定士の鑑定書(甲第7及び第8)によれば,本件譲渡物件のうちの2件についての譲渡価格のうちの土地価額分は,分譲当時の土地部分の適正価格(鑑定評価額)の約2.5倍であって著しく高額であり,本件譲渡価格は適正な価格であったということはできないと主張する。
イ しかし,区分所有建物の敷地持分権は区分所有建物と分離して処分することができない(建物の区分所有等に関する法律22条)ものであり,売買契約においてもその譲渡価格を土地部分と建物部分に分離して表示するということは一般的ではなく,敷地権付建物としてその一体としての譲渡価格を示してなされるのが通常であり,本件譲渡契約もこのようにして締結されたものである(乙第2の1及び2,第3,第27,原告A本人)。そうすると,本件譲渡物件の価値と譲渡価格の間に社会的相当性を逸脱するような不均衡があるか否かの判断にあたっても,この一体としての譲渡価格について見るべきものであって,譲渡価格の一部である土地の価額部分を算出してこれと想定される土地価額分の適正価格とを対比することは相当とは解されない。
 その上,敷地権付区分所有建物の譲渡価格のうち建物の価額分がいくらであり,敷地持分権の価額分がいくらであるかは評価する者によって相当の幅があり得るところであり,必ずしも一律・確定的に定まるものではない。尤も,このような譲渡に際して,建物の譲渡価格についてのみ消費税が課されることから,この消費税額から逆算して消費税算定の根拠とされた建物価格を算出することができるが,このような建物価格は,上記のような幅のある評価額の範囲内で消費税額算出のために定められたものにすぎないから,これが譲渡価格のうちの建物価額分と土地価額分の割合を必ずしも一律・確定的に示すものということもできない。また,原告らがこのようにして算出した土地価額分と対比する敷地持分権の時価ないし適正価格というものも,同様に評価する者によって相当の幅があり得るものであり,原告らの指摘する甲第7,第8の鑑定書や乙第10ないし第13の鑑定書に記載された土地価格も,このような幅の中で鑑定評価人が判断した価格にすぎず,敷地持分権の時価ないし適正価格を確定的に示すものとはいえない。
 そうすると,原告ら主張のように本件譲渡価格のうち消費税額から算出された土地価額分と上記各鑑定書から算出される平成7年における本件譲渡物件の土地価額部分の適正価格と想定される額とを比較すると前者が後者の約2.5倍ないし2.7倍という計算結果になるとしても,これをもつて直ちに本件譲渡物件の価値と本件譲渡価格との間に社会的相当性を著しく逸脱する対価的不均衡があったものということはできない。
ウ また,本件譲渡物件の敷地権付建物としての譲渡価格全体とその適正価格との対比についても,本件譲渡価格と原告らが依頼した不動産鑑定士が鑑定評価した平成7年当時の時価評価額(甲第7,第8)との間には,相当の格差(32棟404号室については約1813万8000万円,30棟1104号については1863万9000円)があることが認められる。しかし,本件譲渡物件のような不動産の時価ないし適正価格は,その時々の需要と供給の相互関係や,周辺相場,経済情勢等に大きく影響されるものであって,必ずしも一律・確定的に判断しうるものではないから,本件譲渡価格と鑑定評価額との間に上記のような格差があることをもって直ちに本件譲渡価格が適正価格を著しく逸脱していたものと断定することはできない。
 他方で,@本件団地の第17期,第18期1次及び同2次の販売価格の平均は1平方メートルあたり約71万円であったのに対して,本件団地の第18期1次及び同2次の購入申込が行われた平成7年に本件団地が所在する横浜市内で販売されたマンションの平均価格は4468万円(1平方メートルあたり65万4000円)であってその差は1平方メートルあたり数万円であること(乙第27),A原告らの多くは,本件譲渡物件以外の分譲マンション等とも比較検討した上で,本件譲渡物件の価格が周辺の 分譲マンションの相場よりも多少高額であることを認識しながらも,本件譲渡物件の品質や環境等の種々の点を考慮して本件譲渡契約を締結していること(甲第9ないし第11,原告B本人,原告A本人,弁論の全趣旨),さらに,B平成7年1月から11月に本件団地周辺で販売されたマンション(本件団地の所在地である横浜市旭区及び本件団地の最寄り駅の所在地である横浜市青葉区,緑区,瀬谷区内で販売された全てのマンションを最寄り駅までの交通手段を問わずに抽出したもの)の1平方メートルあたりの平均販売価格と本件団地第17期,第18期1次及び同2次の1平方メートルあたりの平均譲渡価格とを比較すると,別紙平成7年若葉台周辺マンション市場単価と題する書面の棒グラフのとおりとなること(乙第36の1ないし4,第37の1ないし5,第38の1ないし7,第39の1ないし5,第40の1ないし5,第41の1ないし11,第42の1ないし13,第43の1ないし6,第44の1ないし7,第45の1ないし7,第46の1ないし7)等からすると,当時の周辺マンションの販売価格と比較して本件譲渡価格のみが著しく高額であったということはできない。
 以上のとおり,本件譲渡価格が不適正な価格であったということはできず,本件譲渡物件の価値と本件譲渡価格との間に社会的相当性を著しく逸脱するといえるような対価的不均衡が生じていたということはできない。
(2)さらに,原告らは,公共的性格が強く不動産に関する知識情報量において圧倒的に優位な立場にあった被告が,原告らが被告に対して期待や信頼を有していることを了知しながら,それを奇貨として本来の適正な価格を秘し,本件譲渡価格が決定されるに至った過程を何ら具体的に説明することもなく,不動産の価格決定の方法等につき知識を有しない原告らに対し,あえて「値下げ販売はできない。」,「値下げをして販売した場合には遡及措置を講じる。」等と虚偽のセールストークを用いて,本件譲渡物件を原告らに譲渡するに至ったものであり,被告のこのような行為態様からすると本件譲渡契約は全体として著しく不相当な行為として暴利行為に該当すると主張する。確かに,後記3のとおり,原告らの中には,被告の販売担当者から値下げ販売はできないとか,値下げした場合には遡及措置を講じるとかの説明を受けた者もおり,これらの発言は事後の客観的状況に照らすと不正確であって適切さを欠くものであったことは否定できないが,被告は平成11年7月の本件値下げ販売に至るまでの間に売れ残り物件の販売を促進するために様々な方策(頭金後払い制度,賃貸化,社宅化,部分分譲等)を検討していた(甲第10,第15,第16,原告B本人,原告A本人,弁論の全趣旨)ことからすると,少なくとも原告らが本件譲渡契約を締結した平成7年3月25日から平成9年7月7日までの間に,本件値下げ販売を実施することが既に決定されていたと認めることはできず,被告の販売担当者が当時の状況から明らかに真実に反することを述べたとまでは認定することができない。
 このような事情からすると,被告が,原告らの窮迫,軽率,無経験等に乗じて,その自由な意思決定を不当に妨げて本件譲渡物件を購入させたものであるとまでは認めることができない。
(3)したがって,本件譲渡契約は,給付とその反対給付との間の客観的な対価的関係,行為者の主観的事情等一切の事情を考慮しても,社会通念に著しく反するとまではいえず,公序良俗に反する暴利行為になるとは認めることができない。
 なお,上記のように,本件譲渡物件の価値と本件譲渡価格との間には社会的相当性を著しく逸脱するといえるような対価的不均衡が生じていたということはできないのであるから,原告ら主張のように,国土法及び土地基本法の理念に反するとまではいうことができない。
2 争点(2)(価格維持義務違反)について
(1)原告らは,施行規則6条1項及び7条1号の趣旨からすると,被告には,契約締結から少なくとも5年間は施行規則6条1項が規定する原価主義によって定められた価格を遵守,維持すべき義務(同一ないし類例の物件については同一価格で譲渡しその価格を維持すべき義務)が課されていると主張する。
(2)しかし,これらの施行規則は,各規定の文言から明らかなように,もっぱら地方公社が公社法1条に定める目的を達成し,住宅の積立分譲等の業務を適切に行うための内部的な準則を定めたものと解されるから,地方公社と私人との間の法律関係の内容や効果を規律するものではない。
 しかも,@施行規則6条1項は,譲渡の対価について同項記載の諸費目(原価)を「合計した金額を基準として,地方公社が定める。」と規定していることから,同項記載の諸費目(原価)は地方公社が譲渡の対価を決定するにあたっての基準にとどまるものというべきであること,A施行規則6条2項は,「特別の事情がある場合において前項の規定により難いときは,都道府県知事等の承認を得て,譲渡の対価を別に定めることができる。」と規定しており原価以外の要素を加味することを許容していること,B公社法33条1項は,「毎事業年度の損益計算上利益を生じたときは,前事業年度から繰り越した損失をうめ,なお残余があるときは,その残余の額は,準備金として整理しなければならない。」と規定し,地方公社の事業から利益が生じ得ることを予定しており,地方公社が原価を上回る譲渡対価を設定し原価との差額を取得する場合があることを前提としていることからすると,施行規則6条1項は,同項記載の諸費目(原価)を合計した額そのものをもって譲渡の対価とすべき旨を規定しているものということはできない。
 さらに,施行規則7条1号は,譲渡の対価の支払が終了するまでの間(引渡しの日から5年以内に支払を完了したときは5年間とする。)は,当該分譲住宅に関する所有権や貸借権等の権利の設定又は移転については,あらかじめ地方公社の承諾を条件としなければならない旨を規定するが,これは,住宅の不足の著しい地域において自ら居住する住宅を必要とする勤労者に対して,居住環境の良好な集合住宅等を供給するという公社法1条の目的を実現するために,一定期間の譲渡等を制限することによって供給対象を現実に当該集合住宅等に居住する者に限り,集合住宅等が賃貸や転売等の投資の対象になることを防止するために規定されたものと解すべきであって,譲渡価格の変更を禁止したり,値下げ販売を禁止したりするような規定と解することはできない。
 このようなことからすると,施行規則6条1項及び7条1号の規定から,被告には,契約締結から少なくとも5年間は施行規則6条1項が規定する原価主義によって定められた価格を遵守,維持すべき義務(同一ないし類例の物件については同一価格で譲渡しその価格を維持すべき義務)が課されているとの原告らの主張を採用することはできない。
(3)また,原告らは,被告は,本件団地を一手に開発し住環境を持続して維持,発展させる立場にあり,本件譲渡契約は個々人と民間事業者との1回的譲渡とは異なるものであるから,個々的な譲渡においても同一ないし類例の物件については同一価格で譲渡すべき義務を負うと主張する。
 確かに,本件団地のように同一の時期に建設・分譲される集合住宅については,各物件の占有部分の面積,階数,間取り等の条件によってそれぞれの分譲価格を決定するのが一般的であるところ,分譲契約の時期が異なったとしても同一タイプの物件を購入した者の間において不公平が生じることのないよう,同一タイプの物件については可能な限り同一の価格で分譲されることが望ましいことはいうまでもないことである。
 しかし,住宅の価格は不動産市況によって左右され,周辺相場,需要と供給の相互関係等の経済情勢によって決定されるものであり,公共的な性格を有する被告であっても不動産市場において民間の不動産販売業者と競合して集合住宅を販売・供給していかなければならない以上,不動産市況の変化に応じて譲渡価格を定めざるを得ないことは明らかであるから,時期をずらして同一タイプの物件を売り出す場合に,その譲渡価格を先行する契約の譲渡価格と必ず同額に定めなければならないということはできず,原告らが主張する同一価格を維持する義務を認めることはできない。また,売れ残り物件が生じた場合,これを長期間放置すると管理上や経営上の問題が生じることから,売れ残りの状況次第によっては値下げ販売を行う必要性が生じることは明らかである。
 したがって,不動産市況の変動等が生じた場合には,それに応じて同一タイプの物件についても異なる譲渡価格を設定することは許されるというべきであり,原告らの主張を採用することはできない。
(4)さらに,後記3のように,原告らの中には,別紙セールストーク一覧表に記載のとおり,被告の販売担当者から値下げ販売はできない,値下げした場合には遡及措置を講じる旨の説明を受けた者もいることが認められる。そして,上記1で見たように,これらの発言は事後の客観的状況に照らすと不正確であって適切さを欠くものであったことは否定できないが,これらの発言から直ちに,原告らと被告との間において,将来にわたって値下げ販売を行わない旨の確定的な合意がなされたとまでは証拠上認めることはできず,被告の販売担当者の発言に基づいて原告ら主張の価格維持義務を被告が負うと認めることもできない。
3 争点(3)(説明義務違反)について
(1)原告らは,被告は,その公共的立場に基づき住宅取得者の利益を阻害するおそれのある事項につき広く説明義務を負うと解するのが合理的であるとして,@本件譲渡契約の重要な要素である本件譲渡物件の販売状況(とりわけ物件の売れ残りやキャンセルの状況),地価の動向,値下げ販売の可能性等を正確に知らせる義務,A販売状況等に関する質問に対して,契約締結時において,誤った情報や不正確な情報を提供したり,将来的に値下げ販売はしない等の断定的な判断を提供したりして契約締結もしくは決済を勧めてはならない義務(虚偽の説明回避義務),B譲渡価格が適正価格に比べて不均衡である場合にはその旨を説明し,公社法22条が規定するように「譲渡価格が適正」とはならないことにつき原告らの承諾を得て契約関係に入る義務をそれぞれ負っていると主張するので,以下,検討する。
 (2)@販売状況等を正確に知らせる義務について
 本件譲渡物件のように価格が市況に左右される商品の販売においては,価格が変動することや商品が売れ残れば値下げ販売の可能性があることは市場原理からいって当然のことであって,販売事業者にことさらこのようなことを説明すべき法的義務を認めることは困難である。また,販売事業者は,売れ残りや申込みのキャンセルのために将来商品を値下げする可能性があるとしても,そのことを顧客に伝えれば当初の価格での販売が困難になるため,売れ残りや申込みのキャンセルの状況及び値下げの可能性があること等を明らかにすることなく当初の価格で販売しようと努力するのが通常であることからすると,公共的な性格を有する被告であっても,民間の不動産販売業者と市場において競合する以上,売れ残りや申込みのキャンセルの状況及び値下げ販売の可能性があること等をことさら明らかにすることなく当初の価格で販売活動を行うことはやむを得ないことといえる。
 しかも,上記1で見たように,本件譲渡契約の時点(平成7年3月25日から平成9年7月7日までの間)において,本件値下げ販売を実施することが既に決定されていたと認めることはできないのであるから,そのような不確実な値下げ販売の可能性を原告らに説明することを被告に要求することはできないものである。
 したがって,被告が,本件譲渡物件の販売状況(とりわけ物件の売れ残りやキャンセルの状況),地価の動向,値下げ販売の可能性等を原告らに正確 に知らせる義務を負っており,この義務に違反したということはできない。
(3)A虚偽の説明回避義務について
 証拠(甲第9ないし第11,第14,原告B本人,原告A本人)及び弁論の全趣旨からすると,本件譲渡契約についての交渉を行っていた際に値下げをしないのか等と質問した原告らの多くに対し,被告の販売担当者や販売部長が,別紙セールストーク一覧表記載のように,「被告は値下げ販売をすることができない。」との説明をし,また,中には「値下げ販売をした場合には対応措置をとる。」旨の説明をした例もあることが認められる。
 そして,これらの説明は事後の客観的状況に照らすと不正確であり適切さを欠くものであったことは否定できないが,上記1に見たように,本件分譲住宅について遅くとも平成8年ころには売れ残りや申込みのキャンセルが増加していたことが認められるものの,被告は平成11年7月の本件値下げ販売に至るまでの間に売れ残り物件の販売を促進し,値下げ販売の事態を回避するための様々な方策(頭金後払い制度,賃貸化,社宅化,部分分譲等)を検討しており,少なくとも原告らが本件譲渡契約を締結した平成7年3月25日から平成9年7月7日までの間に,本件値下げ販売を実施することが既に決定されていたと認めることはできない以上,被告の販売担当者らが当時の状況から真実に反する虚偽の説明を行ったとまでは認定することができない。また,上記のような発言は,本件分譲住宅をなんとか当初の価格で完売しようというその時点での被告の営業方針を担当者が認識していた限度で述べたものであって,勧誘文言の域を越えて不法行為や債務不履行を構成するような断定的判断の提供があったということもできない。
 以上のように,被告には,原告らが主張するような虚偽説明回避義務に反するような行為があったものということはできない。
(4)B譲渡価格についての説明義務について
 原告らは,被告は,譲渡価格が適正価格に比べて不均衡である場合にはその旨を説明し,公社法22条が規定するように「譲渡価格が適正」とはならないことについて原告らの承諾を得て契約関係に入る義務を負っていると主張する。
 しかし,本件譲渡物件のような不動産の売買契約における譲渡価格は,市場経済の中で需要と供給の相互関係や相場変動の影響を受け,最終的には当事者の合意によって決定されるものであるから,その適正価格というものを一律に決することは困難であり,適正価格がどの程度なのかを正確に判断することは譲渡契約の当事者にとっても必ずしも容易なことではない。このようなことからすると,本件譲渡物件の譲渡価格とその適正価格を比較した上で不均衡がある場合にこれを説明することを被告に要求することは困難を強いるものであり,このような法的義務を被告が負っているものとは解することができない。
 しかも,仮に原告ら主張のような義務を被告が負っていたとしても,上記1で見たように,当時の周辺マンションの販売価格と比較しても本件譲渡価格が著しく高額であったということはできず,本件譲渡物件の価値と本件譲渡価格との間に,社会的相当性を著しく逸脱するといえるような対価的不均衡が生じていたということはできないのであるから,本件においては,原告ら主張の説明を行う前提を欠いており,この点からも被告の説明義務違反を認めることはできない。
4 争点(4)(原価に基づく適正な価格による譲渡義務違反)について
 原告らは,パンフレット等の記載文言及び施行規則6条1項等を根拠に,被告は,原価に基づいた適正な価格で本件譲渡物件を譲渡すべき義務を負っていると主張する。
 確かに,本件譲渡物件のパンフレット(乙第8の3,第9の2ないし4)には,公庫融資(公社分譲)付住宅とは,「譲渡価格が原価からみて適正であることを確認したもので」ある旨の記載があるが,これは,住宅金融公庫の融資付分譲住宅についての一般的な説明であって,民間業者の公庫融資付分譲住宅のパンフレットにも記載されているものである(乙第24,第25)から,パンフレットの記載文言のみから原告らと被告との間に原価に基づいた適正な価格で本件譲渡物件を譲渡すべき旨の合意がなされたり,被告にこのような義務が生じたものと認めることはできない。
 また,上記2で見たように,施行規則は,地方公社がその業務を適切に行うための内部的な準則と解すべきであって,地方公社と私人との間の法律関係の内容や効果を直接規律することはないのであり,しかも,施行規則6条1項記載の諸費目(原価)は地方公社が譲渡の対価を決定するにあたっての基準にとどまるものというべきであるから,施行規則6条1項を根拠としても被告に原告らが主張するような義務があるものと解することはできない。
 なお,仮に原告ら主張のような義務が被告に課されているとしても,上記1で認定したように,本件譲渡価格は周辺マンションの相場よりも多少高額ではあったものの不適正な価格であったということはできないのであるから,原告ら主張のような義務違反を被告に認めることもできない。
5 争点(5)(著しい価格格差の回避義務違反)について
 原告らは,被告にはその公共的性格から譲受人を実質的に平等に扱う義務があり,当初の譲渡価格を維持したのでは大量の売れ残りが出ることが予想できたのであるから,できるだけ早期に一律に適正割合による減額修正を行って譲受人の譲受時期によって著しい価格格差が発生することを回避すべきであったと主張する。
 確かに,譲受人間で譲受時期による不公平が生じないように,同一タイプの物件については可能な限り同一の価格で分譲されることが望ましいことはいうまでもないことである。しかし,分譲住宅の販売において,当初設定の分譲価格では購入申込みのキャンセルが出たり,売れ残りが発生する可能性が生じた場合でも,販売事業者としては,できる限り当初の価格を維持して損失が生じないように努力し,このような努力にもかかわらず売れ残りが生じて当初の価一格では販売できないことが明確となった時点で値下げ販売を検討するのが通常である。そして,何時の時点まで当初の価格を維持し,何時の時点で値下げ販売に踏み切るかは,販売事業者における市況の動向の見通し等も含めた営業的な判断に属することであり,被告が公共的性格を有する法人であることを考慮しても,このような場合に損失を顧みずにできるだけ早期に一律に減額した価格で譲渡を行い,譲受人間の著しい価格格差を回避する法的義務があったものと解することはできない。

第4 結論
  以上より,その余の点につき判断するまでもなく,原告らの本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の角担につき民事訴訟法61条,65条1項を適用して,主文のとおり判決する。

  横浜地方裁判所第5民事部

       裁判長裁判官   西   村   則   夫


           裁判官   長   尾   美 夏 子


           裁判官   坂   本   康   博


[HOME] [戻る]