2002/11/06
原告側準備書面(第15回口頭弁論から)


平成12年(ワ)第1157号

準 備 書 面 13

平成14年11月6日
横浜地方裁判所  第五民事部 御中


目  次
第1 はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第2 本件訴訟を通じて明らかとなった重要な事実・・・・・・・・・・・・・・・・
第3 原告らの従前の主張のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第4 被告による第1次譲渡における価格と国土利用計画法・・・・・・・
第5 土地基本法の下での土地取引・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第6 暴利行為(民法90条違反)の補充・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第7 不法行為に基づく損害結償請求・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第8 説明義務違反(債務不履行、不法行為に共通)の補充・・・・・・・・
第9 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


第1 はじめに
   本件は、その設立趣旨、資金からして全く民間会社とは異なる公的組織である神奈川県住宅供給会社(以下被告という。)が原告らへの本件建物の譲渡後の第2期譲渡において同一ないしは類似物件について、平均で44.38パーセントの値下げ率(最大値下げ率44.6パーセント、最小値下げ率43.3パーセント)で譲渡したこと、さらに原告らに譲渡した譲渡価格における土地価格が時価の平均2.5倍もの高値で譲渡したことが不当であるとして原告ら
が被告に対し債務不履行、不法行為、不当利得を根拠として、損害賠償等の請求をしている事案である。


第2 本件訴訟を通じて明らかとなった重要な事実
 1 本件では原告らへの譲渡価額とりわけ土地の譲渡価格が重要な争点の一つであり、後述のとおり甲7号証、甲8号証及び証人芳賀則人の証言から32号棟404号室については、分譲当時の土地の鑑定価格は1300万円であり(実際の譲渡価格は3221万6667円)又30号棟1104号室の場合の分譲当時の土地の鑑定価格は1290万円(実際の譲渡価格は3274万円)であることから、404号室においては、公示価格から導かれる鑑定価格に対し、
実際の分譲当時の土地の譲渡価額は2.478倍であり、又1104号室の場合は2.537倍(平均2.5倍)であることが明らかとなった。
   この事実に対し、被告は甲7号証、8号証の成立を認めると共に、何ら反論の証拠の提出もなく、又証人芳賀則人に対しての反対尋問すら行使しなかった。さらに、被告は、本件取引において第2次譲渡時点では鑑定書を証拠提出し、公開しているが、第1次取引の価格に関しては、原告らが本件訴訟係属以来繰り返し明らかにすることを求めてきたにもかかわらず、ついに鑑定も提出せず、原価も明らかにしなかった。これらの事実は弁論の全趣旨として十二分に勘酌されなければならない。
 2 このような応訴態度自体公的機関として許されざるものであるが、少なくとも土地の原価が鑑定価格を超えているとの積極的主張や立証がないことを考えると、本件土地の原価は鑑定価格を上回ることはないと考えるべきである。
   このような被告の対応及び証拠調の結果並びに上記弁論の全趣旨からすると鑑定評価額を時価と認定されなければならない。それからして本件土地の譲渡価格は時価との比較で最低でも平均2.5倍(尚原価の関係では、それを上廻ることとなる。)と実態と比較して著しく乖離した価格であった。


第3 原告らの従前の主張のまとめ
 1 原告らによる従前の主張は、槻ね原告ら平成13年3月28日付準備書面13頁第4に整理したとおりであるが、それを若干詳説すると以下に記載のとおりとなる。
(1) 債務不履行責任
(イ) 価格維持義務違反(訴状及び原告ら平成12年12月27日付準備書面参照)
  @ 被告は、若葉台団地を一手に開発して、同団地の住環境を持続して、維持発展させる立場にあった。そのような被告の地位からすれば、被告は、原告らに対しては同一ないし類例物件については同一価格で譲渡し、その価格を維持すべき義務があった。
  A また被告担当者は、原告らの多数人に対し、再三にわたり「値引販売をしない」との趣旨を公言し(甲第14号証・江川尋問)、多くの原告らは、被告が将来値引販売をしないものと信じて、本件譲渡契約を締結したものである。
  B それ故、被告の「値引販売をしない」との意思表示は、現実に本件譲渡契約時にキャンセルが続出していた点に鑑みれば、原告ら・被告間の本件譲渡契約の重要な要素を占めるものである。
  C 因って、被告が第2期譲渡において、当初譲渡価格を平均44.38パーセントも下回る値段で値下譲渡した行為は、本件契約上の価格維持義務違反となる。
  D 被告の本件値下譲渡によって被った損害は、第1次譲渡価格と第2次譲渡価格の差額となる。
(ロ) 説明義務違反(原告ら平成12年12月27日付準備書面、11頁以下参照)
@ 被告は、公社法第1条に定められたとおり、公共的存在であり、それ故一般の民間業者以上の信頼を社会から得ていた。そして、被告は上記公的立場に関する信頼を裏切らないだけの説明義務が課せられており、それは民間の宅地建物取引業者の説明義務以下のものではない。
A このような観点からは、被告には少なくとも以下の通りの各原告らに対する説明義務がある。
(@)本件取引の重要な要素である、本件住宅販売状況(とりわけ物件の売れ残りやキャンセルの状況)、地価の動向、値下販売の可能性等を正確に知らせる義務
(A)虚偽の説明回避義務
    被告は、取引先である原告らに対し、契約締結時において、誤った情報・不正確な情報を提供したり、断定的な判断を提供して、契約締結若しくは決済を勧めることは許されない。
B この点被告は、
(@)本件第1次譲渡時において、積立分譲契約者の多くについてキャンセルが相次ぎ当該譲渡価格では完売は不可能で、当然、将来値下販売が十分に予測されたにも拘わらず、そのことを原告らに告げることなく販売を行い、
(A)将来値下販売が十分に予測された状況下で、「値下販売をしない」との不正確かつ断定的判断を多くの原告らに告知し、契約締結を勧めたものである。
C 以上は、被告による原告らに対する説明義務違反を構成すること明らかである。   (以上、原告ら平成12年12月27日付準備書面、24・25頁)
D 上記被告による説明義務違反によって原告らに生じた損害は、第1期譲渡価格と当時の適正価格との差額となる(当該差額は、同準備書面「第1期譲渡価格と当時の適正価格の各住戸差額一覧表」記載のとおりとなる)。
(ハ) 原価に基づく適正な価格による譲渡義務違反(原告ら平成12年12月27日付準備書面、25頁以下参照)
  @ 被告は、本件分譲住宅の譲渡に際し、パンフレット等で本件譲渡価格が「原価からみて適正な価格」であることを原告らに明示し、各戸の譲渡価格表を呈示している(乙第8号証の3、乙第9号証の2)。これは、被告自身、原告らとの本件契約における譲渡価格については「原価からみて適正な価格」であることを契約内容とすることを意思表示の内容としているものに他ならない(原告ら平成12年9月21日付準備書面、5・6頁)。
  A 然るに、被告は原告らに対し、市場価格を考慮に入れた地価動向を明らかに無視した前記第2.1の価格で本件住宅を譲渡している。即ち、平成11年の地価公示価格を100とすれば、平成7年は122.3パーセントの指数を示しているが、現実には平成11年には、平成7年の譲渡価格を43.8パーセントも下回る価格で値下譲渡しているのである。従って、平成11年の公示価格に基づく土地価格が正当なものであるとすれば、平成7年度は22.3パーセント地価が高かったことになり、43.8パーセントの値下販売からみた平成7年の譲渡価格は、市場価格を考慮しても、なお著しく高値であり、このような著しい高値の販売は「原価に基づく適正な価格」を著しく逸脱したものといえる。
  B 従って、被告は「原価に基づく適正な価格」での本件契約上の販売義務に違反しこれを本件建物を含めた価格で見ると20パーセント以上も上回る高値で販売しているのであるから、各原告らに対し本件譲渡価格と「原価に基づく適正な価格」との間の差額についての損害賠償責任を負う。なお、本件上記差額金額は、原告ら平成13年3月28日付準備書面、別
紙「第1期譲渡価格と当時の適正価格の各住戸別差額一覧表」記載のとおりである。
(2) 不法行為に基づく損害賠償請求権
(イ) 著しい価格格差の回避義務違反(訴状11頁参照)
  @ 被告は、公共的性格の強い公法人であり、民間企業による住宅の販売と異なり需給バランスによる自由な価格決定は許されず、譲受人を実質的に平等に扱う義務が課されている。その結果、被告には譲受人の譲受時期によって著しい価格格差が発生する
ことを回避する義務が課せられている。
  A 平成7年から平成9年にかけては、不動産価格の下落傾向が持続していた時期であり、当初の譲渡価格を維持したのでは、将来大量の売れ残りが出ることは被告において当然予測できたはずである。そのような時期において、被告はできるだけ早期に一律に適正割合による減額修正を施した価格での譲渡を行い「著しい価格格差の回避義務」があったというべきである。
  B 然るに、被告は早い時点で一律減額による大量の売れ残りを回避できたにも拘わらず、これを怠り、販売時の時価と譲渡価格の差額相当額の損害を被らせたものである。
(ロ) 価格維持義務違反
  この点の内容については、第3.1(1)(イ)と同一である。    即ち、債務不履行責任としての価格維持義務違反は、同時に不法行為も構成するものである。
(ハ)  原価に基づく適正な価格による譲渡義務違反
    この点の内容については、第3.1(1)(ハ)と同一である。即ち、債務不履行責任としての原価に基づく適正な価格による譲渡義務違反は、同時に不法行為も構成するものである。
(3) 不当利得に基づく損害賠償請求
(イ) 暴利行為(民法90条違反)(原告ら平成13年3月28日付準備書面、7頁以下)
  @ 本件住宅の譲渡価格は、その土地の価格に即してみると、平成7年当時の価格決定に際しては、地価動向は無視され時価の平均で2.5倍で譲渡されていることが明らかになった。上記時価と譲渡価格の不均衡はもはや社会的に是認し難いものである。
  A 被告は、住宅問題に悩む勤労者に対し、良好な環境のもとで住宅を供給して住宅福祉の増進に寄与する立場にある極めて公共的性格の強い特別法人である。
  B 他方、原告らは資金の確保・住宅ローンを利用した場合の返済などに頭を悩ましながら生活基盤である住宅を確保したいと考えている一消費者・一市民であり、被告の公共的性格に鑑み、原告らは被告の高い倫理性を信じて疑うことなく、被告が適格かつ合理的方法で譲渡価格を決定したことについて疑う余地はなかった。
  C 然るに、被告は、原告らが被告に対する期待や信頼を有していることを了知しながら、 それを奇貨として本件住宅譲渡価格が決定されるに至った経緯を何ら具体的に説明することなく、 不動産の価格決定の方法等につき知識を有しない原告らに対し、 敢えて被告は「本件住宅の値下販売はできない」等の虚偽のセールストークを用いて、 地価動向を無視して、時価の平均2.5倍の譲渡価格を 「適正価格である」 と称して原告らに譲渡するに
至ったものであり、被告の上記譲渡行為は、 その譲渡方法・価格の著しい不均衡からみて暴利行為を構成するものとして、 公序良俗に違反するものである。
    よって、本件住宅の譲渡価格のうち、時価を越える価格部分については民法90条に違反し、無効であり被告の不当利得となるものである。


第4 被告による第1次譲渡における価格と国土利用計画法
 1 被告による、第1次譲渡価格による本件土地建物の譲渡は、国土利用計画法(以下国土法という)による土地価格の規制を実質的に潜脱するものであり、実質的な公法規制の潜脱は、従前原告らが主張してきた民事上の違法性をさらに強く裏付けると共に公序良俗を判断する上で重要な要素となるものである。
 2 国土法は、土地の投機的取引による地価の上昇により適正かつ合理的な土地利用の確保が阻害される事態を防止するために、状況に応じ規制区域、監視区域などを設定して、適正な土地価格を超える土地取引を規制してきた。
 3 国土法は監視区域の指定に関し同法第27条の6で「都道府県知事は、当該都道府県の区域のうち、地価が急激に上昇し、又は上昇するおそれがあり、これによって適正かつ合理的な土地利用の確保が困難となるおそれがあると認められる区域(第十二条第一項の規定により規制区域として指定された区域を除く。)を、期間を定めて、監視区域として指定することができる。」と規定している。
   監視区域の指定された地域内において、民間企業には土地売買に際して届け出を義務づけ、同法第27条の8では「届出に係る事項が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、土地利用審査会の意見を聴いて、その届出をした者に対し、当該土地売買等の契約の締結を中止すべきことその他その届出に係る事項について必要な措置を講ずべきことを勧告することができる。
 一 その届出に係る事項が第二十七条の五第一項各号のいずれかに該当し当該土地を含む周辺の地域の適正かつ合理的な土地利用を図るために著しい支障があること。
 二 その届出が土地に関する権利の移転をする契約の締結につきされたものである場合において、その届出に係る事項が次のイからへまでのいずれにも該当し当該土地を含む周辺の地域の適正な地価の形成を図る上で著しい支障を及ぼすおそれがあること。・・・」.
  と、適正な価格形成に著しい支障を及ぼす場合には取引中止などの勧告が出来るとしていた。これにより、実質的には地域における基準を超える価格による取引を規制していたのである。本件地域は、本件第1次譲渡契約がなされた平成7年の時点では監視区域に指定されていた。
 4 国土法において、公示価格は、このような場合の価格についての妥当性を判断するための基準とされている。国土法第27条の5の1項は「届出に係る土地に関する権利の移転又は設定の予定対価の額が、近傍類地の取引価格等を考慮して政令で定めるところにより算定した土地に関する権利の相当な価額(その届出に係る土地が地価公示法第二条第一項に規定する都市計画区域に所在し、かつ、同法第六条の規定による公示価格を取引の指標とすべきものである場合において、その届出に係る土地に関する権利が所有権であるときは、政令で定めるところにより同条の規定による公示価格を規準として算定した所有権の価額)に照らし、著しく適正を欠くこと。」と監視区域における土地取引の判断基準として、公示価格を基準として判断すべき事を明示している。
   実際には、すべての土地に公示価格があるわけではなく、公示価格との比較を行う必要性があり、そこには一定の誤差などもあったことから、国土法の監視区域における取引に対する判断に基準は、公示価格を基準として当該土地について算定された価格を基準としてその1.2倍程度をめどとして、勧告がなされていた。(芳賀証人証言調書11頁)
   監視区域における取引規制は規制区域とは異なり制度上は勧告止まりであり、これを無視して取引を行ったとしても、直ちに効果を否定されるものではない。
   しかしながら、国土法の監視区域内においては、行政の勧告を無視しての取引は事実上出来ない状態にあり、ほとんどの取引は当該価格による取引中止の勧告を受けると、取引を中止するか、価格を変更して取引を行なっていたことは公知の事実である。
 5 国土法は、同法第23条2項3号で「当事者の一方又は双方が国等である場合その他政令で定める場合」には上記のような届け出義務を課さないとしている。国等というのは同法第18条において政令で定めるものとされ、国土利用計画法施行令14条において「法第十八条の政令で定める法人は、港務局、都市基盤整備公団、日本道路公団、緑資源公団、首都高速道路公団、水資源開発公団、阪神高速道路公団、地域振興整備公団、日本鉄道建設公団、環境事業団、新東京国際空港公団、地方住宅供給公社、日本勤労者住宅協会、石油公団、空港周辺整備機構、本州四国連絡橋公団、地方道路公社及び土地開発公社とする。」と規定している。従って、国等には被告も含まれていたのである。
   国等に関しては、民間企業のような届け出、勧告という制度は適用されないこととなるが、国土法は同法第27条の10において「国等は、土地売買等の契約を締結しようとする場合には、適正な地価の形成が図られるよう配慮するものとする。」としている。
   これは国等というのは、高度の公共性を持つ主体とされていること、民間に対しては土地の高値による取引を規制すべき政策的位置にあること、国有地等の払い下げ等特殊な要因があることなどから、監視の必要性がないものとして対象には入れないこととしたものであるが、その代わり、「自主的に適正な地価の形成が図られるよう配慮する」こととしたのであり、民間に許容されない高値での取引を自由に行えると言うことでないことは明白である。
   従って、国等が民間企業と同じような形態の土地取引を行うときには、監視区域においては、民間企業であれば中止勧告が出されるような取引条件は、自主的に回避することが国土法上義務付けられていたと言うべきである。
 6 被告は「適正な地価の形成が図られるよう配慮すべき義務」を負うべき主体とされていたが故に、民間には適用される国土法による規制が適用除外されていたのである。
   本来、被告を含む国等は、その公的な存在故に、指導がなくとも民間に対する指導がなされるような取引は当然自主的に行うことは国土法上、許されてなかったし、法は公的主体がそのような行動をとらないとして制定されているのである。
   これを全く没却し、時価の2.5倍という驚くべき高額での土地価格の設定行為は、まさに国土法において「国等」として特別扱いされていた被告の公的使命に著しく違背した行為であり、民間の事例であれば当然勧告対象となり事実上取引は中止あるいは値下げをせざるを得なかった価格であることは明白である。
国土法が土地取引において果たしていた公益的な規制の中核であったことを考えると、国土法が公的機関に課した「適正な地価の形成が図られるよう配慮すべき義務」に違反した被告の行為の違法性の程度はきわめて重い。
   なお、地方住宅供給公社法も22条において「地方公社は、住宅の建設又は宅地の造成に関する業務を行なうには、勤労者が健康で文化的な生活を営むに足りる良好な環境の住宅又は宅地が確保されるように努め、住宅又は宅地の賃貸その他の管理及び譲渡に関する業務を行なうには、住宅を必要とする勤労者の適正な利用が確保され、かつ、賃貸料又は譲渡価格が適正なものとなるように努めなければならない。」と、譲渡価格が適正なものとなるように努める義務を規定しているが、当然ながらここにおける適正な譲渡価格も国土法に適合しているべきであることは言うまでもない。
   このような公法的な価格設定の違法性は、国土法上直ちに取引が無効とされるものではなく、あるいは公社法上処罰規定等がないとしても、民事において、価格が問題となる本件のような事案において、契約法、不法行為法上の違法性を判断する上できわめて重視すべき要因であり、特段の理由がない限り、公的存在たる被告が国土法や公社法の理念に著しく違反する価格設定により行った譲渡行為は民事上の違法性さらには公序良俗の判断をする上で重要な要素と考えるべきである。


第5 土地基本法の下での土地取引
1 土地基本法はバブル経済の中で土地投機が国民生活に重大な影響を与えたことに対する反省から、土地問題についての基本法として、土地に関する各主体の基本理念を明らかにする目的で制定され平成元年に施行された。
  同法は「第1条(目的) この法律は、土地についての基本理念を定め、並びに国、地方公共団体、事業者及び国民の土地についての基本理念に係る責務を明らかにするとともに、土地に関する施策の基本となる事項を定めることにより、適正な土地利用の確保を図りつつ正常な需給関係と適正な地価の形成を図るための土地対策を総合的に堆進し、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」
  「第2条(土地についての公共の福祉優先)  土地は、現在及び将来における国民のための限られた貴重な資源であること、国民の諸活動にとって不可欠の基盤であること、その利用が他の土地の利用と密接な関係を有するものであること、その価値が主として人口及び産業の動向、土地利用の動向、社会資本の整備状況その他の社会的経済的条件により変動するものであること等公共の利害に関係する特性を有していることにかんがみ、土地については、公共の福祉を優先させるものとする。」と、土地に関して、この法律が基本的な理念となること、土地について公共の福祉を優先させることを明確に宣言している。
 2 同法は第4条で「土地は、投機的取引の対象とされてはならない。」とし、
適正価格を離れた投機的な取引を原則として規制している。 同法は7条で「事業者は、土地の利用及び取引(これを支援する行為を含む。)に当たっては、土地についての基本理念に従わなければならない。」とし、同法が定める基本理念に従う義務を事業者に課している。
 3 本件における被告の行為は、社会的に見るならば、公社という公的存在でありかつ土地住宅問題の専門機関たる被告が、経済的なリスク負担能力が脆弱な存在である勤労者等に対して、大幅な住宅価格低下による損失を転嫁した行為に他ならない。
   このような被告の行為は、住民の生活の安定とは対極にあるものであり、地方住宅供給公社法の目的(同法1条)「地方住宅供給公社は、住宅の不足の著しい地域において、住宅を必要とする勤労者の資金を受け入れ、これをその他の資金とあわせて活用して、これらの者に居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もつて住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とする。」にも反するものであり、公共の福祉に反するものとして、土地基本法の理念にも反することは明らかである。
   土地基本法自体は、理念法であり個別具体の公法あるいは私法上の法律内容を直接変更するような具体的な規定を盛り込んでいるものではないが、特に土地に関してこのような基本法が定められ基本理念が明示されたのであるから、土地基本法施行後のあらゆる法律の解釈に際しては、同法に示された基本理念や各当事者の責務を念頭に置いて法解釈が行われるべきものである。従ってこの視点からして、被告の土地基本法の理念に反した行為は、民事上違法性又は公序良俗を判断する上で重要な要因となることは明らかというべきである。


第6 暴利行為(民法90条違反)の補充
   前記の通り本件譲渡行為が譲渡方法、適正価格と比較して著しく不均衡であること等を理由として民法90条との関係で一部無効であることを主張したが、さらに以下の通り補充する。
1 本件譲渡行為は、前記理由の他、本件準備書面「第4 被告による第1期譲渡における価格と国土利用計画法の関係」で論述した通り、国土法の理念、法規を実質的に潜脱するのみならず、さらに「第5 土地基本法の下での土地取引」で記述した通り、土地基本法、地方住宅供給公社法などの理念にも違背する行為である。
2 尚、被告は、本件譲渡行為が暴利行為と言える為には、他人の無思慮・窮迫に乗じて不当の利得を得ることが必要であると主張する。
   確かに判例の傾向として、主観的事情として原告らの窮迫、軽率、無経験に乗じたことが要件とされている。しかしながら、その趣旨(不当利得の理念とも関連するが)は、一方では自由経済、市場経済の中で当事者の自由な合意を尊重するが、その内容が法の理念である公平の原則に実質的に抵触する場合には、後見的に法によって財産的価値移動の調整を図り、健全な経済取引を確立しようとするものである。
   それ故、90条違反の問題は、当該取引が社会的相当性を著しく逸脱しているか否かが判断の対象となるものであり、主観的事情も単に「窮迫」「軽率」「無経験」という概念にとらわれて判断されるべきものではなく、又双方の要件が必要であるとしても客観的要件として不相当の状況が著しい場合には、主観的要件は緩やかに理解されるべきものである。
   そして、判断に際し重要な問題は、本件が対等な民間相互の取引行為ではなく、その設立趣旨からして、むしろ社会での不公平を是正し、実質公平な市民生活を(その意味では民法90条は、不当利得の理念とも共通している。)実現することを目的として設立された公社との取引であったという点である。
 3 そこで前記解釈を踏まえ、本件を検討してみる。
(1) 時価からして平均で2.5倍というのは単なる高値を踏まえて、異常な価格であることは、本件が動産ではなく不動産という事実からしても明白である。
(2) 公社においても自由取引が認められるとしてもその設立理念や原価主義の規定からして民間と違い利益追求は慎むべきであり、万一公社に損失が生じた場合には、最終的に補填が予定されていることからすれば消極的に損失を発生させないことが求められているというべきである。現に平成12年度末神奈川県は被告に対し、約710億円の損失補償をしている(甲第6号証)。公社が行う販売行為を敢えて「供給行為」としていることは、この趣旨を
意味するものである。そして公社が前記倍率で譲渡し、不当な利益を上げることは、原告らのみに租税を付加するに等しいものであり、租税法律主義の精神に反するものである。
(3) 「被告による第1次譲渡における価格と国土利用計画法」の関係で詳しく論述している通り、時価からして2.5倍は、国土法での土地価格の規制を実質的に潜脱する脱法行為であり、又「土地基本法の下での土地取引」において詳述している通り、土地基本法、地方住宅供給公社法など土地取引関係の規制法規の理念にも抵触する行為である。それ故、この点を看過することは、公社という公的組織の法の潜脱行為を是認する結果となる。
(4) 原告らが本件物件に関し、取得しえた情報資料としては、被告が原告らに配布した「原価からみて適正である」ことを住宅金融公庫によって確認された「公庫融資付物件」であることを明示し、各戸の譲渡価格表を呈示したパンフレット(乙第8号証の3、乙第9号証の2)のみであるのに対し、公社はその設立趣旨、組織形態さらには既に「若葉台」という大規模地域において開発、分譲し、本件物件の価格のみならず、「若葉台」を含めた地域周辺について不動産価格の動向及び将来の不測等に関する専門的知識や情報を豊富に有していたと言えることから、原告らとの知識、情報量には著しい格差があったといえる。このような状況の中で原告らとしては、他物件を検討し、比較するという選択の道はあったにしろ、割高感があったが、被告が公社であったことから、実態とは乖離した譲渡価格であるにもかかわらず、あえてこの事実を秘し、原告らが公社であることで信用していることをよいことに被告は、原告らへの「原価主義で値下げは一切しない。」「30、31、32号棟は同一条件で対応する。」「値下げして販売した場合には遡及措置を構じる。」等の事実を述べ、さらに文書においても「本来17期及び第18期は同一の管理組合に属し、はたまた施工JV(鹿島・三井・三木共同企業体)も同じである事等から、予定価格を含めた18期の募集計画に放いては同程度の設定が必然であると考えます。」等の記載をして実態とは乖離した価格を適正価格であるとして勧誘し、譲渡契約を締結させている。
4 このように、原告らへの譲渡行為は、価格につき時価からみて2.5倍の価格であり、しかも各行政法規の規定、理念を逸脱したものであった。しかるに被告は、不動産処理に関し、知識情報量において圧倒的に優位であるにもかかわらず、原告らが公社であることを信頼していることを奇貨として、本来の適正な価格を秘し、さらに虚偽の事実に基づいて勧誘して契約を締結させているものである。
   従って、仮に原告らが不動産に関するそれなりの知識、情報(尤も前述した通り資料としては、乙第8号証の3、乙第9号証の2)を有し、又他物件を購入する自由意思を有していたとしても、前記事実からすれば、公社という公共性からしてその勧誘、譲渡契約の締結については客観的事実により著しい不正義があったと断言しうる。
   それ故、被告の譲渡行為はその客観的、主観的事情を総合してみれば著しく不相当な行為と見るべきであり、本来の時価と譲渡価額の差額については一部無効である。


第7 不法行為に基づく損害結償請求
1 原告らは第6において本件勧誘譲渡行為は社会的に見て著しく不相当な行為であり民法90条に違反した一部無効であることを主張した。
   そこで仮に一部無効でないとしても本件勧誘、譲渡行為は自由競争を前提とする民間公社とは異なって居住者の生活の安定と社会保障の増進に寄与することを目的として設立された公社が、公的な組織として信頼を置いていた原告らに対し、第4で詳述した通り、国土法を実質的に潜脱し、さらに土地基本法等の行政法規の理念に抵触している時価から平均2.5倍もの価格の物件を原告らに選択の自由と不測の損害を発生させない為の説明を十分しないまま、第6で述べた状況の下でその事実を秘して虚偽又は誇大なセールストークによって原告らを「集団催眠状態」(林宏之調書13ページ)に陥れ、勧誘、譲渡したものである。
 2 それ故、被告の勧誘、譲渡行為は少なくとも相当性を欠いた違法な行為であり、後記第8での説明義務違反からして不法な行為を構成するものであり、時価を超える部分(1.5倍)につき損害を賠償する義務がある。


第8 説明義務違反についての補充(債務不履行、不法行為に共通)
   被告に説明義務違反が認められる根拠は以下の通りである(平成12年12月27日付準備書面、11頁以下参照)。
1 被告は、公社法第1条に定められたとおり、公共的存在であり、それ故一般の民間業者以上の信頼を社会から得ていた。現実に、原告らは被告が提示した分譲価格に対し割高感を抱きながらも被告が公的存在である事を信頼し、被告担当者の説明を信頼し本件契約関係に入っているのである。
   この点については、原告Bの「まず最初に、私は、この陳述書の中でも書いてありますように、神奈川県住宅供給公社の特に神奈川県という地方自治体が運営していうということを信頼しておりました。私は、不動産一次取得でしたし、そのときから、欠陥マンション等、不動産にまつわるいろいろなトラブルの話は耳にしておりましたので、この一生に一度あるかないかの買い物で、できるだけ失敗したくないと。そのためには、自分が税金を納めている自治体が運営する公社がやっぱり一番信頼できるだろうと、そう思って購入したわけです。」との陳述(鈴木雅之本人調書8ページ)及び原告Aの「少なくとも私の中に、公社に対する信頼というものがまだ根強くある時代でした。
これも陳述書に書きましたけれども、今となっては、それもかなりぐらつく世情になっておりますが、当時はまだ私たち民間人にとって、公的機関に対する信頼というのは非常に強い時代だったと思います。で、それもありましたし、購入の際に公社が民間と違ってということで、盛んにいわゆる公社の品質の良さ、アフターケアの部分を含めて、物件が優良であるということを十分私たち説得されましたので、その点については疑いを持ちませんでした。また公社ならきちんとそれを果たすべき責務を担っての発言だろうと私は信じておりました。」との陳述(林宏之本人調書8ページ)に端的に現れている。
   このように公的機関として「住宅を必要とする勤労者の資金を受け入れ、これをその他の資金とあわせて活用して、これらの者に居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的」とし(地方住宅供給公社法第1条)、同日的を達成すべく、住民に対し「健康で文化的な生活を営むに足りる良好な環境の住宅又は宅地が確保されるように努め、住宅又は宅地の賃貸その他の管理及び譲渡に関する業務を行なうには、住宅を必要とする勤労者の適正な利用が確保され、かつ、賃貸料又は譲渡価格が適正なものとなるように努めなければならない。」(地方住宅供給公社法第22条)責務を負う。
   そして、地方住宅供給公社法第22条に言うところの「譲渡価格が適正」であるか否かについては、被告が地方住宅供給公社として提示した譲渡価格である以上、一般消費者である原告らは当然、同法の存在から譲渡価格は適正である旨の信頼を寄せるのであり、仮に譲渡価格が適正価格に比べて不均衡である場合には、被告は原告らに対しその旨を説明し、地方住宅供給公社法第22条に規定する「譲渡価格が適正」とはならない旨の承諾を得て契約関係に入ることが地方住宅供給公社法の趣旨さらには不動産知識、情報量、専門性において原告らと著しい格差があることからして要請されているというべきであり、少なくとも譲渡価格が時価との間で著しい不均衡が存在するにもかかわらず、これを適正価格であるとし、将来にわたっても値下げ販売は行わない等と説明する行為は明らかに説明義務違反を構成すると言うべきである。
 2 木津川台住宅地値下げ販売訴訟第一審判決(乙22号証)との比較検討
(1) 同判決は、説明義務違反の判断にあたり、次の通り判示する。
    「確かに宅建業者である被告らにおいて、宅地建物取引業法に規定する重要事項の説明義務を負うものであることはいうまでもないことであるが、それ以上に不動産売買契約において売主側に信義則上の保護義務というものが観念されるとしても、不動産の価格が近い将来急激に下落することが確実で、そのことを専門の不動産業者である売主側のみが認識し、現に大幅な値下げ販売を予定しているのに、買主側には右事実を一切説明しないか、あるいはことさらに虚偽の事実を申し向けて不動産を高値で販売したような事情があればともかく、このような事情がないのに、売主において売買契約締結以後の地価の動向や将来の値下げ販売の可能性等につき、当然に買主に説明すべき法的義務があるとは考えられず(不動産の価格が需要と供給の関係や経済情勢等により変動するものであるだけに尚更である。)、右説明をなさなかったとしても、説明義務違反等の責任を負うものとは解し難い。」
(2) 本件事案との比較検討
  本件では、木津川台事件とは以下の点で異なる。
 @ 主体が民間の不動産公社か地方住宅供給公社か
 A 分譲契約時に、虚偽の事実を申し向け、著しく高額で販売した事実の存否
(3) まず、前述の通り、分譲の主体が地方住宅供給公社であるということは、自ずとその活動範囲が地方住宅供給公社法に拘束されるのであり、仮に契約自由の原則が適用されるとしても、その設立趣旨からしても民間企業とはその説明義務の程度は大きく異なるというべきである。 尚、被告のような地方住宅供給公社には宅建業法の適用が排除されている。
    これは居住者の「居住環境の良好な集団住宅及びその用に供する宅地を供給し、もって住民の生活の安定と社会福祉の増進に寄与する」(地方住宅供給公社法第1条)ために宅建業法上規制されている説明義務にとらわれずに住宅取得者の利益を阻害するおそれのある事項につき、広く説明義務を負うと解するのが合理的である(その意味で、宅建業法上の重要事項説明義務が課せられているにすぎない民間事業者とは異なるのである。)。
 よって、本件においても地方住宅供給公社法第22条にいう「譲渡価格が適正」である点について、被告は高度の説明義務を負うと言うべきである。
(4) しかるに被告は、「値下げ販売は一切しない」「30・31・32棟は同一条件で対応する」「後から購入する人が得をすることは絶対にない」等の虚偽の事実を申し向け、第6、第7の状況下において当時の時価の平均で2.5倍もの高価格で本件物件について勧誘、譲渡契約を締結しているのであり、木津川台判決の判断基準に照らしても、本件で説明義務違反が認められることは当然である。
(5) 従って前記の通り少なくとも時価を超える部分(1.5倍)につき損害を賠償する義務がある。

第9 結論
    そこで原告らは被告に対し、一部請求として平成13年3月28日付原告ら作成の準備書面(7)添付「第1期譲渡価格と当時の適正価格の各住戸別差額一覧表」の「一部請求額」記載の請求に及んだものである。

以  上


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