2002/11/06
被告側準備書面(第15回口頭弁論から)

平成12年(ワ)第1157号 損害賠償請求事件

                 準 備 書 面 (13)

平成14年11月6日
横浜地方裁判所
第5民事部合議係 御中


1 債務不履行に基づく損害賠償請求権
(1)価格維持義務違反
@ 原告らは、被告は価格を維持すべき義務があるのにこれに違反した、とする。ここで原告らがいうところの価格維持義務とは、「契約締結から少なくとも5年間は、原被告双方とも、原価主義によって定められた価格を遵守、維持すべき」義務(訴状7頁)、あるいは、「同一ないしは類似物件については、同一価格で譲渡すべき義務」(原告ら平成12年12月27日付準備書面28頁)である。しかし、被告は、以下に述べるように、かかる義務を負わない。(@)原告らが主張する価格維持義務の根拠の一つは、原告らがいうところの原価主義(施行規則第6条第1項)、譲渡制限(同第7条第1号)の趣旨に照らした、本件分譲住宅譲渡契約の解釈(訴状7頁以下)である。しかし、これは、原告ら独自の主張に過ぎない。そもそも、施行規則は、行政命令であって、行政命令をめぐる紛争、行政命令への適合性の有無は、司法審査の対象となるものではない。施行規則第6条第1項は、分譲住宅の譲渡対価の決定に際し、同項が掲げる諸費目を合計した金額を標準として決定することを要請してはいるが、その合計金額をもって分譲住宅の譲渡の対価とするとは定めておらず、それを目安として地方公社が様々な要素を考慮してその上方であっても下方であっても然るべき価格を決定すべきことを定めているにすぎない。また、施行規則第7条第1号をふまえた原告らと被告との分譲住宅譲渡契約における5年間の譲渡制限規定は、同契約が自ら居住する目的で購入する者との間で締結される必要性を達成するためのものであるが、同規定が存在するからといって、5年間は当該価格を遵守維持すべき義務が発生するわけではない。したがって、これらの規定から、価格維持義務というものを導き出すことはできない。
この点、 東京地裁平成12年8月30日判決(乙26)も、「再譲渡制限の趣旨・目的に照らすと、原告ら主張の意味で公団が再譲渡制限条項に拘束されるとはいえない。」と判断している。 さらに、その控訴審の東京高裁平成13年12月19日判決(乙50)も、「再譲渡制限条項は、‥‥分譲住宅が投機の対象になることを防止すべく定められたものである。したがって、再譲渡制限条項は、再譲渡による価格の変更を禁止するものではないし、公団が不動産市況に応じて値下げ販売を行うことを禁止したり、制限したりするものでもないことは明らかであるから、値下げ販売の実施の適法性に直接の影響を及ぼすものではない。」と判断している。これらの判断は、本件においても妥当する。
(A)次に、原告らは、被告は、若葉台団地を一手に開発して、同団地の住環境を維持、発展させる立場にあるから、本件分譲住宅譲渡契約は、個々人と民間事業者との1回的譲渡とは異なることが、価格維持義務の根拠であるとも主張する(原告ら平成12年12月27日付準備書面27頁)。仮に、被告が、原告らが主張するような立場にあるとしても、被告と原告ら各人との間の分譲住宅譲渡契約は、当該分譲住宅の譲渡という意味で、民間事業者のそれと全く異ならず、特別な義務が発生するわけではない。したがって、この点の原告らの主張も理由がない。
(B)さらに、原告らは、被告は、「値引き販売をしない」との意思表示をしたとも主張する(原告ら平成12年12月27日付準備書面28頁)。この点、同準備書面添付「購入の際に被告より受けたセールストーク」一覧表のうち、値下げをしないというような趣旨の発言があったことは認めるが(ただし、具体的な日時、場所、発言者名、表現までは判らない)、上記一覧表に記載されたような趣旨の販売担当者の発言は、あくまでもその個人的見解にすぎない。このことは、当時の販売担当部長餌取の発言についても同様である。すなわち、被告は、値引き販売をしないとの意思表示はしていない。
大阪地裁平成10年3月19日判決(乙22)も、被告ら販売担当者らの言動として、次期以降の販売価格を値下げする予定はない旨回答したこと、当該住宅地の値下げ販売の予定はない旨回答したこと等を認定した上で、「被告ら販売担当者らの言動は、・・・・いずれも、個々の被告ら販売担当者らの見解として述べたもの」であるとして、同様の判断をしている。
東京地裁平成12年8月30日判決(乙26)では、旧住宅・都市整備公団の副総裁の「一旦出した以上、これは非常に、その値下げは難しいと思います。・・・(中略)・・・あるところは売れなかったからということでそれを動かすということは、他にも大きな影響があり、これは、事業運営全体に非常に大きな影響を及ぼします。 そういうことからしてできない」というテレビ番組における断定的にすら聞こえる発言について、 「公団の当時の一般的な販売方針ないし経営姿勢を表明したにとどまり、将来、値下げ販売をしない旨約束したとまでは解されない」と判断していることに注目すべきである。
A 価格維持義務あるいはそれに類した主張に関して、以下の裁判例が存する。
(@)大阪地裁平成11年6月17日判決(乙23)は、被告らは、売買契約の余後効として価格維持義務を負っており、値下げ販売は、売買契約上の債務不履行にあたるとする原告らの主張に対し、「特定物売買における売主は、売買契約の目的物の所有権を買主に移転するとともに、その引渡を終えれば、売買契約の目的は達成されるから、特投の事由がない限り、もはや売主が売買契約上の債務を負うことはない。」とした上で、右特段の事由も存在しないとして、原告らの主張を排斥した。
(A)東京高裁平成13年12月19日判決(乙50)は、「施行規則は、公団がその業務を適切に行うための基準ないし準則を定めたものであることは明らかである。」とした上で、「分譲住宅等の価格は、基本的には不動産市況によって左右され、最終的には需要と供給を含む経済事情により決定されるものであり、公共的な使命を負う公団といえども民間の分譲住宅等の供給を含む全不動産市場の中で分譲住宅等の供給をしていく以上、不動産市況の変化に応じてその譲渡価格を定めざるを得ないことは明らかである」「売買契約における信義則上の付随義務として、 同一団地同一価格体系の原則なるものを認めることはできないし、売買契約履行後の契約の余後効により同一団地同一価格体系の原則が導き出されると解することもできないから、控訴人らの主張は、独自の見解に基づくものといわざるを得ず、採用することができない。」とした。
(B)東京地裁平成8年2月5日判決(乙21)は、値引き販売は信義則上の義務違反であるという原告らの主張に対し、「一般に、不動産の価格は、需要と供給の関係で決まるものであり、不動産市況により価格が変動することは自明の理ともいうべきことであるから、マンションの販売業者である被告に、売買契約締結後に不動産市況の下落があっても尚当該販売価格を下落させてはならないという信義則上の義務があるとは認められない」と判断している。

(2)説明義務違反
原告らは、被告が、説明義務に違反した、とする。ここで原告らがいうところの説明義務とは、「本件各物件を含む若葉台団地の販売状況(譲渡時点での売れ残りやキャンセルの状況)に関する情報を開示し、本件住宅における値下げ販売の可能性を説明すべき義務及び販売状況や販売の可能性に関する質問に対して虚偽の説明をしたり、将来的に値下げ販売をしない等の断定的な情報を提供したりしてはならない義務」である(原告ら平成12年12月27日付準備書面11頁)。しかし、被告は、以下に述べるように、かかる義務を負わない。
@ 原告らは、原告らと被告担当者との問答は、譲渡契約締結にいたる際の重要事項に該当するので、本件譲渡契約の契約内容を形成する、と主張するが(同準備書面12頁)、その意味が良く分からない。また、原告らは、不動産取引における説明義務に関する裁判例を列挙しているが(同準備書面14頁)、いずれも、既定の行政指導や建築計画の存在を知りながら告げなかった事例であり、本件には不適切である。
A 原告らは、被告は民間事業者とは異なる公共的存在であるとし、宅地建物取引業法の適用を受けないことを理由に、民間の宅地建物取引業者を上回る説明義務が要求されるとしている(同準備書面16頁)。
   被告を含む地方住宅供給公社には、同法の適用はない(公社法第47条)。しかし、被告は、自らの責任で、分譲住宅の買主に対し、物件に関する説明を尽くしている。その説明の内容や程度が、民間業者のそれを上回るべきであるとする根拠は、全くない。
   原告らは、同法の適用が排除されている理由は、「被告のような公的性格を有する団体が消費者を欺罔し、消費者に不利益な結果をもたらすことが通常考えられないからであり、物件取得者保護のため法的規制を施す必要性が存しないと期待した」ことにあるとする。この理由から導き出されることは、公的性格を有する団体は、法の規制が無くとも、同法が民間業者に義務として課しているのと同程度の重要事項説明をすることが期待できる、ということであって、原告らが主張するように、被告に民間事業者を上回る説明義務を課すことにはならない。原告らが、「宅建業法上規制されている説明義務にとらわれずに住宅取得者の利益を阻害するおそれのある事項につき、広く説明義務を負うと解するのが合理的である(その意味で、宅建業法上の重要事項説明義務が課せられているにすぎない民間事業者とは異なるのである)」と主張するのは原告ら独自の見解である。
   また、原告らは、「従って、将来値下げ販売により、原告ら取得住宅の物件価値を下落させる可能性が存する場合には、被告はその旨を説明をする法的義務を負うと解するべきであ」る、とするが(原告ら準備書面9・4頁)、当時、被告は値下げ販売を予定していなかったのであるから、原告らの主張は、そもそもその前提を欠いている。
B 原告らは、若葉台団地の分譲住宅の譲渡価格は、原告らのいうところの原価主義により、純粋の市場原理によらない特殊なシステムによって決定されるとする(原告ら平成12年12月27日付準備書面18頁)。 しかし、若葉台団地の分譲住宅の譲渡価格は、施行規則第6条第1項、第11条が掲げる諸費目を合計した金額を標準としつつ、様々な要素を考慮して、被告が決定するのであり、そこに市場原理が鋤くことは、他の民間事業者の場合と同様である。
C また、原告らは、若葉台団地では被告だけが物件を独占して供給できる状況にあったとし、そこでの不動産価格は、単に市場の動向によって変動するものではなく、被告の販売計画(販売数量、時期、価格等)により大きく影響を受けるとする(同準備書面19頁)。確かに、若葉台団地内の新規販売物件は被告だけが供給しているが、販売価格の決定に市場原理が働くことはすでに述べたとおりであり、被告に若葉台団地を含めて不動産市場価格の形成力があったわけではない。
D さらに、原告らは、不動産の価格動向は、購入者が当該不動産の購入を決定するにあたっての重要な要素であり(同準備書面21頁)、被告が、不動産価格の動向、将来の予測に関する専門的知識や情報を独占していたとする(同準備書面20頁)。
しかし、被告が、上記専門的知識や情報を独占していた事実はない。原告らにとり、若葉台団地の物件は、購入を検討していた複数の物件の一つにすぎなかった。原告らを含む購入希望者は、当時、不動産の購入を検討するにあたり、不動産の価格動向等について、情報誌その他の資料からの情報を有していた。原告Aは、「約6ケ月間にわたって職場から至近距離にあります沿線、小田線東急田園都市線、JR横浜線、それから相鉄線、周辺の各物件、比較的大手不動産が分譲する物件を中心にいくつも回っておりました。」(原告A尋問調書3頁)、「若葉台を申し込んだ際、当然ながら私は、いろんな物件を見ておりましたから、まあ僭越ながら当時の周辺相場には、かなり自信を持っておりました。」(同4頁)と述へ多くの情報を有していたことを明らかにした。
E 原告らは、被告が民間事業者以上の信頼を得ており、不動産価格の動向等に関する情報を独占し、特殊な価格決定システムを使用していたことから、若葉台団地の販売状況(とりわけ物件の売れ残りやキャンセルの状況)、地価の動向、値下げ振売の可能性等を正確に知らせる義務(一般的説明義務)があったとする(同準備書面23頁)。しかし、被告は、売買対象の性状、権利関係、法的規制等についての説明義務を負うが、原告らが主張するような地価の動向、値下げ販売の可能性、物件の売れ残りやキャンセルの状況について説明する法的義務を負うものではない。なお、大阪地裁平成10年3月19日判決(乙22)は、「売主において売買契約締結以後の地価の動向や将来の値下げ販売の可能性等につき、当然に買主に説明すべき法的義務があるとは考えられず(不動産の価格が需要と供給の関係や経済情勢等により変動するものであるだけに尚更である。)、右説明をなさなかったとしても、説明義務違反等の責任を負うものとは解しがたい。」と明言している。また、東京地裁平成12年8月30日判決(乙26)も、値下げ販売に関する事項についての説明義務を否定した。その控訴審の東京高裁平成13年12月19日判決(乙50)も、同様の判断を次のように示した。「価格が市況に左右される商品の販売においては、商品が売れ残れば値下げの可能性があることは市場原理からいって当然のことであるし、販売事業者は、将来商品を値下げをせざるを得なくなる可能性があっても、そのことを顧客に表明すれば当初の価格での販売が困難になるため、売れ残りの事実や値下げの可能性があり得るとしても、ことさらそのことを明らかにすることなく当初の価格により販売の努力をするのであって、公団といえども民間の分譲住宅販売業者と市場が競合する以上、このような事業活動を行うのは当然のことである。しかも、控訴人らに対する本件譲渡契約の時点・・・で、分譲空家住宅につき確実に値下げ販売をすることが決まっていなかったことは明らかであるから、そのような不確かな値下げ販売の可能性についてそれを控訴人らに説明することが可能であったということはできないし、期待しがたいところであったというべきである。
したがって、公団は、本件譲渡契約の時点において、信義則上、公団の分譲住宅の値下げ販売の可能性を説明する義務を負っていたと認めることはできない。」
F また、原告らは、契約の取引相手に対して、誤った情報、不正確な情報を提供したり、断定的判断を提供して、契約締結もしくは決済を勧めることは許されない、と主張する(同準備書面24頁。虚偽説明回避義務)。しかし、被告は、原告らに対する分譲住宅の販売当時、値下げ販売は全く予定していなかった。したがって、当時、被告の販売担当者らの発言内容に間違いはなく、発言自体に適法性は全くない。また、「不実の告知・不利益事実の不告知(原告ら準備書面9・3頁)」でもない。
G また、原告らは、平成13年4月1日施行の消費者契約法を引き、被告の販売担当者らの発言が、あたかも同法に違反し、被告が責任を負うかのような主張をしている(同準備書面同頁)。しかし、同法は、平成13年4月1日の施行後に締結された消費者契約について適用されるのであり(同法附則)、本件とは無関係である。

(3)原価に基づく適正な価格による譲渡義務違反
  @ 原告らは、被告は原価に基づく適正な価格で譲渡する義務に違反した、とする。原告らの従前の主張からすると、「原価に基づく適正な価格」とは、施行規則第6条第1項が掲げる諸費日の合計金額を指しているようである。すなわち、原告らは、原告らのいうところの「原価主義」について、施行規則第6条第1項が掲げる諸費日の合計金額をもって分譲住宅の譲渡の対価とすることと考え、これを前提として、被告は、分譲住宅の価額を、上記諸費日の積算による一定の金額に決定する義務があると主張しているようである。しかし、かかる義務の法的根拠は何ら存在しない。
(@)施行規則第6条第1項は、「積立分譲住宅の譲渡の対価は、積立分譲住宅の建設費、積立分譲住宅の建設に要した資金の利息又は利息に相当する金額、分譲事務費、空家等による揖失を補てんするための引当金及び公租公課を合計した金額を基準として、地方全社が定める。」と規定している。
同項は、分譲住宅の譲渡の対価につき、建設費をはじめとする幾つかの費目を掲げ、それらを合計した金額を「基準」として「地方公社が定める」としている。すなわち、同項は、分譲住宅の譲渡対価の決定に際して、同項が掲げる諸費目を合計した金額を標準として決定することを要請してはいるが、決して右各諸費目を合計した金額をもって分譲住宅の譲渡の対価とするとは定めておらず、要するに右金額を目安にした上地方公社が様々な要素を考慮してその上方であっても下方であっても然るべき価額を決定すべしとしているのである。つまり、被告が販売価額を決定するに際し、市場相場等をどのように加味するかは被告が自由に判断することができるのである。原告らがいうところの「原価主義」が認められないことは、複数の裁判例が示すところである。
大阪地裁平成10年3月19日判決(乙22)は、「本件住宅地の原価が一定であることを前提として、被告らの給付と本件各物件の販売価格との対価的不均衡の発生を判断することが相当とは思われないし、そもそも、後記のとおり、住宅地のいわゆる適正価格が原価との関係で一律に算定されるものとも思われないのである。」「住宅地の売買の場合であっても、その販売価格は、自由経済、市場経済の中で、原則として当事者の合意によって形成されるもので、右価格につきどのような合意に達するかは、需要と供給の相互の関係や、契約時の経済事情等に大きく影響されるものなのであり、実際の販売価格が適正なものであるかどうかは、住宅地の原価のみから判断しうるものではない」と言い、原告らのいう「原価主義」を否定している。
東京地裁平成12年8月30日判決(乙26)は、「施行規則(筆者注; 当時の住宅・都市整備公団法施行規則)12条1項(筆者注;本件においては、施行規則第6条第1項に相当する)は原告ら主張の原価主義を定めたものと解することもできない」とし、その理由を以下のように述べている。「原告らは、施行規則12条1項は、譲渡対価は原価によって決定されるとする趣旨の原価主義を規定したものである旨主張する。しかし、施行規則12条1項は、譲渡の対価は、原価を「基準として、公団が定める。」としているのであって、原価を基本とし他の要素も加味して公団が主体的に決定する趣旨の規定と解されること、同条に続く13条は、物価その他経済事情の変動等に伴い必要があると認めるときは、12条の規定にかかわらず、譲渡対価を変更し、又は譲渡対価を別に定めることができる旨定めているのであって、施行規則において、譲渡対価はすべて施行規則12条1項に定める基準によるものでなければならないとされているわけではないこと、法(筆者注;当時の住宅・都市整備公団法)54条1項は、「公団は、毎事業年度、損益計算において利益を生じたときは、前事業年度から繰り越した損失をうめ、(中略)積立金として整理しなければならない。」と規定しているのであって、公団の分譲住宅事業から利益が生じることを予定し、公団が原価を上回る譲渡対価を設定し、原価との差額を取得しうることを前提としていることなどに照らすと、施行規則12条1項が原告ら主張の原価主義を規定したものとは解されない。」 この控訴審である東京高裁平成13年12月19日判決(乙50)も、同様の判断を示した。    
被告は、施行規則第6条第1項、第11条に基づき、これから販売しようとする物件が存在する地域において、他社の物件がどのような価格で販売されているのかを調査し、それぞれの物件の諸要素を総合勘案して、いくらならその地域で他社物件と競り合って売ることができるのか、という視点から分譲住宅の販売価格を決定している。若葉台団地17期、18期1次・2次についても同様である。その価格が当時の市場における適正価格であったことは、被告準備書面(11)3頁の棒グラフが示している。
(A)仮に、原告らにおいてそれに異論があるとしても、原告らにはそれを論難する資格はない。そもそも、施行規則は、行政命令であり、国民の権利義務に直接関係しない行政機関内部の準則であり、行政命令をめぐる紛争、行政命令への適合性の有無は司法審査の対象となるものではないからである。施行規則が行政命令であって、行政命令への適合性の有無が司法審査の対象となるものではないことも、裁判例で示されている。東京地裁平成12年8月30日判決(乙26)は、「施行規則は、いわゆる行政命令(行政規則)であって、原告らと公団との間の権利義務関係を規律する根拠とはならない。」とし、その理由について、「法(筆者注;当時の住宅・都市整備公団法)1条は、公団が広く国民生活の安定と福祉の増進に寄与することを目的とする旨定めてはいる・・・が、個々の国民が適切な価格で住宅を購入することまでは目的としていないと解される。また、法30条1項は、「公団は、住宅の建設、賃貸その他の管理及び譲渡、宅地の造成、賃貸その他の管理及び譲渡(中略)を行う場合においては、(中略)建設省令で定める基準に従って行わなければならない。」と規定し、右建設省令として施行規則(筆者注;当時の住宅・都市整備公団法施行規則)が定められたものであるが、公団が施行規則12条1項に違反して住宅の譲渡等をした場合」不服申立てができる旨の規定がないこと、施行規則12条1項に規定された分譲住宅の建設に要する費用等を公団分譲住宅の譲渡に際し譲受人に開示すべきものとする旨の規定がないこと、その規定の体裁自体、譲受人に対するものではない上、譲渡対価を一義的に確定しうるものではないことが認められる。これらに照らすと、施行規則12条1項は、個々の譲受人の利益を保護したりその権利義務を規律する趣旨の規定ではなく、公団の健全な経営を維持し、その設立の目的を達成するための内部的な準則を定めたものと解するのが相当である。したがって、右規定に違反することが、行政機関内部の問題となりうることは格別、私人たる原告らとの間の法律関係の効力を左右するものではない。したがって、公団が施行規則12条1項に違反したとしても、原告らと公団との間の本件譲渡契約の効力には何らの影響も与えない」と述べている。
この施行規則の性格に関する問題が、本件訴訟の本質である。いうまでもなく、施行規則の性格に関する問題は、証拠関係とは関わりなく判断されるべき法律上の問題であり、しかも、施行規則が行政命令であることは議論の余地がない。すなわち、本件訴訟において、要証事実は存在しない。
    福岡地裁平成13年1月29日判決(乙47)は、施行規則が行政命令であること、原告らのいうところの「原価主義」が認められないことを明示した上で、住宅・都市整備公団承継人都市基盤整備公団の「適正な価格決定義務」を、次のとおり否定した。「施行規則(筆者注;当時の住宅・都市整備公団法施行規則)は・・・・行政規則であって、・・・・違反が直ちに私法上の契約関係たる本件売買契約の効力、内容に影響を及ぼすものではないと解される。・・・・施行規則12条1項(筆者注;本件においては、施行規則第6条第1項に相当する)は、公団が同項所定の各原価項目の合計額を基礎にした上、事業の性質上考慮して当然といえる分譲住宅市場の需給のバランス及びその動向等その他の要素を加味して定めることを許容するものと解するのが相当である。・・・施行規則12条1項は、原告ら主張にかかる原価主義を定めたものとは認められず、同項を根拠として公団に原告ら主張に係る個別原価主義により譲渡対価を定めるべき法律上の義務があるとする原告らの主張には理由がない。」「公団の右公共的性格から直ちに、公団の個々の購入者に対する法的義務としての適正価格決定義務を認めるのは困難である。」「住宅分譲は、公団が独占的に行っているものではなく、その意味で住宅を購入しようとしている者にとって公団は住宅分譲業者の選択肢 
の一つであって、各購入者は民間企業等他の分譲業者による住宅分譲と比較、対照しつつ、譲渡対価等の契約条件を十分検討した上自由意思により本件売買契約を締結することができることに照らすと、公団が交渉により値引き等をすることがないという事実によって、原告ら主張の各購入者に対する法的義務としての適正価格決定義務を導くことはできない。」 事件の本質を見据えた、誠に妥当な判断である。
A また、原告らは、被告は、「原価に基づく適正な価格」で譲渡することを契約内容としているとし(原告ら平成12年12月27日付準備書面25頁)、その理由として、被告は、パンフレット(乙8の3、乙9の2)あるいは説明に際し、原価に基づく適正な価格で譲渡することを契約内容とすることを意思表示したとする(原告ら平成12年9月21日付準備書面5頁)。しかし、上記パンフレツト中の記載は、住宅金融公庫の融資付分譲住宅のパンフレットに一般的に用いられているものを掲載したにすぎない。また、被告販売担当者の発言については前述したが、それをもって被告の意思表示とすることはできない。
    しかも、原告らは、その自由な意思により被告と分譲住宅譲渡契約を締結したのであるから、その譲渡価格、すなわち、被告が、施行規則第6条第1項、第11条に基づき決定した価格こそが、当時の適正価格であったのであり、それが遡って高値であったと非難されるいわれはない。   したがって、原告らの主張には理由がない。
B さらに、原告らは、「原価に基づく適正な価格」が契約内容を構成していないとしても、それは、契約締結への誘因となる基礎事実であるとするが(原告ら平成12年12月27日付準備書面26頁)、その意味するところが良く分からない。
また、原告らが、「『原価に基づく適正な価格』が・・・・契約の誘因となる基礎事実である。したがって、被告が高値の価格を設定し、これを譲渡金額としたことは、前期記載の虚偽の説明を回避すべき義務に違反したものといえる」(同準備書面同頁)とする理由も分からない。被告が施行規則第6条第1項、第11条に基づき決定し、原告らが購入した物件の価格が、当時の適正価格であったことは前述のとおりである。
C 以上により、被告が「原価に基づく適正な価格による譲渡義務」を負わないことは明らかである。


2 不法行為に基づく積善賠償請求権
(1)著しい価格格差の回避義務違反
@ 原告らは、被告が著しい価格格差の回避義務をに違反した、とする。ここで原告らがいうところの「著しい価格格差の回避義務」とは、「譲受人の譲渡時期によって著しい価格格差が発生することを回避する義務」である(訴状11頁、原告ら平成12年12月27日付準備書面29頁)。そして、その具体的な内容として、(@)早急に価格を是正して、著しい価格格差の発生を回避すべきこと(同準備書面32頁)、(A)空き部屋発生を回避するべく多様な物件販売手法を採用すること(同準備書面同頁)、(B)市場価格から見て著しい価格差が生じた時点で直ちに価格是正を検討し、空室防止の観点から譲渡価格を修正する必要があり、その際に、原告らに対しても減額措置を講じて不平等を是正すべきこと(同準備書面33頁)を掲げているようである。    しかし、上記内容(@)(B)の「著しい」とは、いかなる程度なのか、比較の対象とする価格をいつの、どの物件のものとするのか等、選択の基準が明らかでない。また、(A)の「空き部屋の発生を回避するべく多様な物件販売手法」とは具体的にどのようなことを指すのかも不明である。
A 「著しい価格格差の回避義務」の上記内容(@)(A)(B)から推測すると、原告らは、価格の格差が「著しい」ものとなる以前に、被告は、こまめに各種措置を講じるべきであると考えているようである。他方で、原告らは、前述のように、価格維持義務(同一ないしは類似物件については、同一価格で譲渡すべき義務)の存在を主張している。原告らは、これらの主張は選択的な関係にあるとするが、一方で、価格をこまめに調整すべきとし、他方で、価格を維持すべきとするのは、主張の内容が整合しないこと甚だしい。
B そして、原告らは、「本件契約における原告らに譲渡した譲渡価格と公示地価との差額が著しいことが判明した(原告ら準備書面7・1頁)」として、分譲住宅譲渡契約における譲渡価格を土地価格と建物価格とに分けて主張を展開している。しかし、上記契約が、土地と建物とを個別に売買することを目的としたものではなく、敷地権付建物という1つのユニットを売買することを目的としている以上、譲渡価格を土地価格と建物価格とに分けることは全く意味がな
い。これに対し、原告らは、土地と建物は別個の不動産であるから(民法第86条)、住宅の価格は集合住宅であれ、戸建て住宅であれ、土地価格と建物価格の合算であるとするのが大原則であると主張し、被告の上記主張を「ユニット譲渡論」と名付け、これを特殊なものとして排斥しようとしている(原告ら準備書面9・5頁)。
しかし、建物の区分所有等に関する法律第22条第1項本文は、取引の実際においては、建物とその敷地の利用権が一体的に処分がされることが普通であることから、「敷地利用権が数人で有する所有権その他の権利である場合には、区分所有者は、その有する専有部分とその専有部分にかかる敷地利用権とを分離して処分することができない。」として、専有部分と敷地利用権の一体性の原則を定めた(財団法人法曹会「建物区分所有法の改正」第1版第1刷169頁)。また、不動産鑑定士及び不動産鑑定士補が行う不動産の鑑定評価の適正化を図るために設定された不動産鑑定評価基準(平成2年10月26日付2国鑑委第25号国土庁長官あて土地鑑定委員会委員長)でも、「区分所有建物及びその敷地」を不動産の一類型として掲げ、これを「建物区分所有等に関する法律第2条第3項に規定する専有部分並びに当該専有部分に係る同条第4項に規定する共用部分の共有持分及び同条第6項に規定する敷地利用権をいう」と規定している。
すなわち、マンションのような区分所有建物については、土地と建物を一体として扱うことが実務上要請されているのである。単に「購入者の買い付け心理の一面を付会するもの(原告ら準備書面9・5頁)」ではない。実際、不動産販売業者が必ずと言って良いほと利用している不動産経済調査月報でも、マンションの価格を土地と建物とに分離することはせず、一体としての価格を掲載している(乙27)。
    鑑定書(乙10ないし13)も、いずれも自用の区分所有建物及びその敷地としての鑑定評価を行い(乙10ないし12・各2頁、乙13・4頁)、建物及び敷地を一体とした価額を算出している(乙10ないし12・各18頁、乙13・3頁)。原告らが提出した鑑定書(甲7、甲8)も同様に、「区分所有建物及びその敷地(自用)としての評価額を求めるものとする」とし(2頁)、「積算価格及び比準価格を重視し、鑑定評価額は両価格の中庸値を以って、〜円(壁芯床面積当たり〜円/m2)と決定した。」としている。
    原告らの主張によるとすると、土地原価と建物原価とをそれぞれ求め、これを合算したものをもって適正価格とすることになるはずであるが、寄付等により敷地を無償取得した場合、土地の取得原価はゼロであるから、被告は、敷地権付建物であっても建物価格のみで販売しなければならないことになる。しかし、そのようなことがあり得ないことは、原告らとて否定しないであろう。このような場合に、近隣の敷地権付建物を一体と考えてその相場に合わせた価格を設定し販売することこそ通常である。すなわち、原告らの主張こそが、敷地権付建物販売の実務からかけ離れたものであることは、一目瞭然である。原告Aも、若葉台団地の物件購入に際しそれまで所有していた霧が丘グリーンタウン504号を売却したことについて、「その値段を決めるに当たって、建物幾ら、土地幾らと分けましたか。」との被告訴訟代理人の質問に対し、「普通、そんなこと考えませんよね。」と明確に回答した(原告A尋問調書24頁)。なお、原告らは、消費税が建物についてのみ課されていることをもって、自らの主張を維持しようとしている。しかし、以下に述べるとおり、それは何ら原告らの主張の根拠になるものではない。消費税が建物についてのみ課されるのは、消費税法第6条、別表1が土地の譲渡を非課税としている結果である。消費税法が、土地の譲渡を非課税としたのは、土地は消費の対象となるものではなく、資本の移転に過ぎないとされたためである(株式会社税務経理協会「実務消費税法」104頁)。このように、消費税が建物についてのみ課されることは、政策的な理由によるものにすぎず、敷地権付建物の譲渡価格の決定には全く関係がない。原告らの主張は、税法が変わればその根拠を失ってしまう。また、販売価格中に消費税を課す対象として建物価格が表示されることがあるとしても、それは、国税庁の消費税の基本通達に基づいて算出された結果にすぎない。
このように、敷地権建物の売買において建物についてのみ消費税が課されるとしても、そのことは、譲渡の対象は敷地権と建物が一体となったものであるとする被告の主張と何ら矛盾するものではない。
C さらに、原告らは、原告らが購入した若葉台団地の物件の販売価格を土地価格と建物価格とに分けた上で、土地価格のみを取り上げ、これに公示地価の動向を反映させると、被告が、原告らに対し、適正価額の約2.7倍で譲渡していた、と主張する(原告ら準備書面7)。しかし、前述のとおり、そもそも販売価格を土地価格と建物価格とに分けることに全く意味がない。また、次に述べるように、被告は、原告らに対し、若葉台団地の分譲住宅を当時の市場における適正価格で譲渡した。
若葉台団地17期、18期1次・2次の物件の価格が、周辺の相場と比較して適正なものであったことは、被告準備書面(11)3頁の棒グラフから明らかである。同グラフは、若葉台団地が存在する横浜市旭区並びに若葉台団地の最寄駅である東急田園都市線青葉台駅、JR横浜線十日市場駅、相模鉄道線三ツ境駅及び同鶴ヶ峰駅(乙8の1、乙9の1)が存在する横浜市青葉区、緑区、瀬谷区、旭区という地域において、平成7年に販売された全ての新築マンションを、最寄り駅からあるいは同駅までの交通の手段を問わず(バス・自動車・オートバイ・自転車・徒歩等いずれのアクセスを選択するかは、人それぞれであるから)抽出し、その1平方メートル当たりの価格を比較したものである(乙36ないし46)。
これに対し、原告らは、単に「バス利用」という条件を設定し、神奈川県内の新築マンションと比較して若葉台団地若葉台団地17期、18期1次・2次の物件は割高であったと主張する(原告ら準備書面12)。原告らが抽出した物件には、若葉台団地とは全く別の行政区・沿線に属する、戸塚・東戸塚(戸塚区・JR東海道線・横須賀線)、上大岡(港南区・京浜急行線)、金沢八景(金沢区・京浜急行線)、弘明寺(南区・京浜急行線)、綱島(港北区・東急東横線)、鶴見(鶴見区、京浜東北線)所在のものが含まれており、宮前平(川崎市宮前区・東急田園都市線)に至っては、川崎市という他市に属するものである。
しかし、若葉台団地17期、18期1次・2次の物件の価格の相当性を検討するためには、若葉台団地同辺の物件と価格を比較すべきことは、言うまでもない当然のことである。
D 以上からも明らかなとおり、被告は、これから販売しようとする物件が存在する地域において、他社の物件が敷地権付建物という1つのまとまりとしてどのような価格で販売されているのかを調査し、それぞれの物件の諸要素を総合勘案して、いくらならその地域で他社物件と競り合って売ることができるのか、という視点から分譲住宅の販売価格を決定している。このような価格決定の考え方は、マンション販売公社に基本的に共通するものであり、被告特有のものではない。
E このようにして、被告が施行規則第6条第1項、第11条に基づき決定した若葉台団地の分譲住宅の譲渡価格は、被告と原告らとの分譲住宅譲渡契約の契約書(乙2の2、乙3)に記載されており、原告らは、その金額で購入することを自らの意思で決定して契約した。すなわち、原告らが購入した物件の価格そのものが、その時点での適正価格なのである。原告らが、地価動向を懸念し、購入によるリスクを回避したいと考えるなら、物件を購入しなければよいのであって、原告らはそのような自由を有していたものである。原告Bも、若葉台団地の物件の価格が高ければ買わないという選択肢もあったことを認めた上で、「それでもお買いになったということですね。」との被告訴訟代理人の問いに対し、「はい、そういうことです。」と答えた(原告B尋問調書9頁)。また、原告Aも、買わないといういう選択肢はあったが、それでもあえて買ったと述べている(原告A尋問証書16頁)。
F また、原告らは、被告が、漫然と市場価格から著しく乖離した譲渡価格を何年にも亘り設定し、全く原告らの住環境整備のため、空室減少措置をとらずにいた、と主張するが(原告ら平成12年12月27日付準備書面33頁)、被告が、頭金後払い制度その他の販売努力をしたが、及ばず、値下げ販売に踏み切った事実経過は、すでに述べたところである(被告平成12年8月23日付準備書面17頁以下)。
G 以上により、被告が「著しい価格格差の回避義務」を負わないことは明らかである。
(2)価格維持義務違反
1(1)に同じである。
(3)原価に基づく適正な価格による譲渡義務違反
   1(3)に同じである。また、以下の裁判例が参考になる。
   東京地裁平成12年8月30日判決(乙26)は、公団が、施行規則の価格決定方式(原価主義)によって譲渡代金を定めるべき義務に違反して本件譲渡契約を締結させたから、不法行為を構成する、という原告らの主張に対し、「公団は原告らとの関係では」施行規則に「拘束されないことは前記・・・・のとおりである」と判断している。
   その控訴審の東京高裁平成13年12月19日判決(乙50)も、「施行規則(筆者注;当時の住宅・都市整備公団法施行規則)12条1項(筆者注;本件においては施行規則第6条第1項に相当する)は、個々の譲受人の利益を保護したりその権利義務を規律したりする趣旨の規定ではなく、公団の健全な経営を維持し、その設立の目的を達成するための内部的な準則を定めたものにすぎず、同項に違反することが公団と控訴人らとの間の法律関係、すなわち本件譲渡契約の効力を左右することはないから、仮に公団が同規定に違反して控訴人らと本件譲渡契約を締結したとしても、その効力には何の影響もない。また、同項は、控訴人らが主張するような原価主義を規定していると解することもできない。」として、改めて、施行規則が行政命令であることを示し、原告らのいうところの原価主義を否定した。
(4)説明義務違反
   1(2)に同じである。
 なお、東京高裁平成13年12月19日判決(乙50)は、次のように判断し、控訴人らの期待権侵害ないし信義則違反による被控訴人の不法行為責任を否定した。その考え方からすると、本件においては被告の「説明義務」は存在しないことが明らかである。「公団担当者の発言は、制度として値下げ販売を実施することは禁止されていないことを念頭に置きつつも、当時の状況においては値下げ販売を実施することが全く検討されておらず、かつ、近い将来にも値下げ販売が実施される見通しもない状況を述べたものにすぎないと解されるのであって、上記のようなバブル経済崩壊後の不動産市況を考慮すると、公団の担当者がそのような発言をし、そのことを控訴人らが信じたことから直ちに、控訴人らが主張するような期待権が成立すると解することは困難であるし、信義則違反の根拠とすることもできない」「公団の副総裁発言や公団の他の管理組合あて文書も、公団の当時の一般的な販売方針ないし経営姿勢を表明したにとどまり、将来、値下げ販売をしない旨を約束したとまで解することはできないから、このこともまた、期待権の発生又は信義則違反の根拠となるものではない」
(5) なお、原告らは、東京地裁平成10年1月23日判決(判例タイムズ991号206頁)を引用しているが(原告ら準備書面7・8頁)、これが同判決中の「購入者の不測の損害の発生を防止するため、正確ではないにしてもおよそその現地価格などの基本的な事項を説明した上で、購入の勧誘をすべきである」注意義務違反を本件においても新たに主張するものなのか、前記2(1)ないし(4)のいずれかの補足説明にすぎないのか、判然としない。
いずれにせよ、同判決は、海外の物件の売買に関するものであって、国内の物件で、かつ、充分な情報が買主に提供されていた本件には適切でない。


3 不当利得に基づく「損害賠債」請求権
原告らは、被告の原告らに対する分譲住宅の譲渡行為は、その譲渡方法、価格の著しい不均衡からして暴利行為を構成する、と主張する(原告ら準備書面7・7頁)。しかし、以下に述べるとおり、被告の譲渡行為が暴利行為とは言えないことは明らかである。
(1) 暴利行為とは、他人の無思慮・窮迫に乗じて不当の利を博する行為である(我妻榮「民法総則(民法講義T)」274頁)。原告らは、原告らが購入した若葉台団地の物件の販売価格を土地価格と建物価格とに分けた上で、そのうちの土地価格については、地価動向が無視されており適正価格の約2.7倍だったと主張するが(原告ら準備書面7)、原告らに対する「敷地権付建物」の譲渡価格が当時の市場における適正価格であったことは再三述べてきたとおりであり、「不当の利を博する」ものではない。
この点、大阪地裁平成10年3月19日判決(乙22)が、「本件住宅地の原価が一定であることを前提として、被告らの給付と本件各物件の販売価格との対価的不均衡の発生を判断することが相当とは思われないし、そもそも、後記のとおり住宅地のいわゆる適正価格が原価との関係で一律に算定されるものとも思われないのである。・・・・そもそも、住宅地の売買の場合であっても、その販売価格は、自由経済、市場経済の中で、原則として当事者の合意によって形成されるもので、右価格につきどのような合意に達するかは、需要と供給の相互の関係や、契約時の経済事情等に大きく影響されるものなのであり、実際の販売価格が適正なものであるかどうかは、住宅地の原価のみから判断しうるものではないのである。」と述べていることが参考になる。
(2) 原告らは、鑑定書(甲7、甲8)の立証趣旨を、若葉台団地32号棟404号室の分譲契約時(平成7年8月25日)の適正価格は金3770万円、同30号棟1104号室の分譲契約時(平成8年11月24日)の適正価格は3810万円であり、被告が設定した分譲価格は上記適正価格に比較して著しく高額であり、暴利行為である事実を示すとしている。しかし、これらの鑑定書は、以下に述べるとおり、分譲契約時の市場の情勢を適格に把握したものとは言えず、その鑑定結果はにわかに措信し難い。
上記32号棟404号室は、平成7年8月25日時点では新築であり、間取りは3LDK、壁芯床面積は79.13平方メートルであり(甲7)、これを坪に直すと約23.94坪である。鑑定評価額金3770万円の坪当たり単価は、約157万4770円となる。
また、30号棟1104号室も、平成8年11月24日時点では新築であり、間取りは3LDK、壁芯沫面積は79.13平方メートルであり(甲8)、これを坪に直すと約23.94坪である。鑑定評価額金3810万円の坪当たり単価は、約159万1479円となる。
他方、原告Aは、平成6年11月、当時所有していた霧が丘グリーンタウンの物件を、金2980万円で売却した。原告Aが売却したのは、若葉台団地から「目と鼻の先(甲9・4頁、原告A尋問調書21頁)」の至近距離にあり、当時、築14年の中古物件で、5階建ての5階であるがエレベーターが設置されておらず、壁芯床面積が56平方メートル(16.94坪)で2LDKの物件であった(甲9、原告A尋問調書3頁、同19頁)。すなわち、坪当たり単価は約175万9149円であった。
上記の新築2物件の鑑定評価額と原告Aが実際に体験した上記中古物件の売却価格を坪当たり単価で比較すると、前者は金157万4770円(32号棟404号室)及び159万1479円(30号棟1104号室)であるのに対し、後者は金175万9149円であり、驚くべきことに、築14年で狭く設備面でも劣る物件の価格の方が高い。このことだけからして
も、鑑定書(甲7、甲8)の結論に疑問を抱かざるを得ない。
また、これらの鑑定書は、比準価格を試算するためのマンション分譲事例として別表D記載の5つの事例を掲げているが、その選定が恣意的である。これらの物件の最寄駅は、5物件のうち3物件が相模鉄道線三ツ境駅、2物件がJR横浜線十日市場駅である。しかし、若葉台団地の最寄駅は、これら2駅だけではなく、人気の東急田園都市緑青葉台駅もある。一般的には、これら3駅の中では、青葉台駅周辺の物件の価格の方が、他の2駅周辺の物件よりも高い傾向にあるのは周知の事実である。すなわち、同鑑定書は、若葉台団地の最寄駅である3駅のうち、価格が低い傾向にある2駅周辺の地域で販売された事例のみを選んでいる。
さらに、鑑定書で取り上げられた5つ全ての物件の竣工時点が、32号棟404号室の鑑定の価格時点である平成7年8月25日よりも後になっている。すなわち、32号棟404号室の鑑定においては、同物件の販売時よりも価格が低くなる傾向にある中で販売された事例のみを選んでいるのである。
証人芳賀則人は、これらの鑑定書の作成について、「いわゆる価格時点が下降時点でしたので、平成7年と8年でしたので、その当時のいわゆる新築事例、その当時の分譲マンションを抽出するといいますか、選定するというところに主眼を置きました。」と証言した(証人芳賀別人尋問調書3頁)。しかし、新築物件の市場価格が中古物件の市場価格と全く無関係に形成されることはなく、中古物件の価格の影響も受ける。新築物件の価格の鑑定に際し、中古物件を比較事例から排除しなければならないということはない。鑑定書(甲7、甲8)は、原告らの依頼に基づき作成されたものであり、その原告らの一人である原告Aの実際の取引事例が存在するにもかかわらず敢えてこれを無視し、時間的・場所的条件からそもそも若葉台団地よりも低価格傾向にある物件を恣意的に比較事例として選択して作成されたものであるといわざるを得ない。
このように、原告ら提出の鑑定書(甲7、甲8)は、その作成過程に恣意性が現れており、結論においても物件の価格を不当に低く評価したものである。したがって、同鑑定書の鑑定評価額をもって当時の適正価格とすることはできず、また、これは、被告の価格設定行為が暴利行為であるとする根拠にはならない。
(3) なお、被告が土地売買の当事者であるときには、国土利用計画法の適用はないが(同法第14条第1項、第18条、同法施行令第14条)、被告が施行規則第6条第1項、第11条に基づいて市場価格等の諸要素を勘案して相当な譲渡価格を設定していることはすでに述べた。
(4) 原告らは、「被告は・・・・譲渡価格が決定されるに至った過程を何ら具体的に説明することなく、不動産の価格決定の方法等につき知識を有しない原告らに対し・・・・虚偽のセールストークを用いて、地価動向を無視して、適正価格の約2.7倍の価格物件を『適正価格と称して』譲渡するに至った」と主張する(原告ら準備書面7・7頁)。しかし、分譲住宅譲渡契約の勧誘及び締結に際し、譲渡緬格が決定される過程の説明は不要であるし、また、原告らが主張するような事実もない。前出の大阪地裁平成10年3月19日判決(乙22)も、「被告らが原告らの窮迫、軽率、無経験等に乗じ、その自由な意思決定を不当に妨げて、本件各物件を購入させたものであるとまでは認めるに足りない。」としている。また、大阪地裁平成11年6月17日判決(乙23)も、「原告らは、原告らマンションを買わなければならない特投の事情があったわけではなく、市販の住宅情報誌等から情報を得、他の競合物件と比較検討し、・・・本件全マンションの価格表、融資関係の案内、間取り図その他パンフレットの交付を受け、そ
の重要事項について説明を受けた上で、本件各売買契約を締結しているのである・・・・から、被告らが、原告らの無思慮、窮迫及び無経験等を利用して本件各売買契約を締結したということはできない。」としている。本件も、また、同様である。
(5) また、原告らの平成14年7月17日付証拠説明には、「18期価格表(甲12の1)」の立証趣旨として、「平成8年8月24日現在の販売状況について、被告が現実には20戸しか実質売れていないのに、41戸が売却済みであるとの虚偽の事実を公表し」たと記載されている。しかし、被告が、上記のような虚偽の事実を公表したことはない。
被告は、購入希望者の募集・抽選による初期の販売が終了し、購入希望者を随時受け付けて販売する時には、通例として、物件の購入申し込みが重複することを避けるため、当該マンションの価格表中の物件欄に済印を押したもの(以下、「状況表」という)を作成し、販売員に配布していた。すなわち、物件に関心を持った人から当該物件を押さえておいて欲しいと申し出があると、価格表中の当該物件欄に済印を押し、同一物件に他の人から重複して購入の申込がなされることを避けていた。
他方、購入を申し込んでも物件の引渡を受ける前の段階では申込者はいつでもキャンセルをすることができるほか、それまでに居住していた物件を売却して若葉台団地の物件を購入する予定であるときに、居宅の売買が成立せず、若葉台団地の物件の売買契約の解除を余儀なくされたり、住宅金融公庫から融資が受けられず契約に至らないこともある。そのようにして購入を希望する人がなくなったときには、状況表中の済印を抹消する。このような交渉状況の変化に伴い、状況表は随時作り直される。販売センターヘの来訪者が多い日には、1日に何度も書換えられることもある。
以上から分かるように、状況表に済印が押されている物件の中には、売買契約成立後物件の引渡しが完了したものだけでなく、売買契約成立後物件を引き渡す前のもの、購入の申し込みがなされたもの、住宅金融公庫の手続中のもの、内覧後申込をするか否か検討中のものなどが含まれているのである。「18期価格表(甲12の1)」は、「平成8年8月24日現在」とされているが、前述のように交渉状況は絶えず変化するので、被告においても、平成8年8月24日時点での交渉状況を確認することはできない。また、被告の販売担当者が、同年9月16日、原告丹下晴雄に「18期価格表(甲12の1)」を交付したか否かも確認することはできない。しかし、上記のとおり、「18期価格表(甲12の1)」は引き渡しが完了した物件のみを表示したものではなく、後日キャンセルされた物件も含まれているのであるから、同表中で済印が押された物件と、「18期空家管理組合費明細(H11年8月分)(甲13)」の作成時に引渡しまで完了していた物件とが相違することは当然であり、被告が原告らに虚偽の事実を公表したことを示すものではない。なお、原告丹下晴雄の陳述書(甲17)で触れられている販売センター内のボードに貼り付けられるバラの造花も、前述と同様であり、随時販売では、購入の申込があった時点で貼付され、キャンセルその他の事情で物件の引き渡しに至らなければ外される。すなわち、バラの造花も、売買契約成立後物件の引渡が済んでいることを示すものではない。この方法は、被告のみならず、民間のマンション販売業者も行っていることである。


4 原告らの損害の不発生
(1) 原告らは、損害額の算定について、裁判例を引用しつつ、独自の主張をしている(原告ら準備書面7・9頁)。そこで引用されている裁判例は、いずれも、商品の属性や特性に関する説明義務及び同義務違反の場合の損害額に関するものである。一方で、原告らが本件で問題にしているのは、将来の価格の変動に関する説明義務なのであって、引用にかかるこれらの裁判例は、いずれも本件には適切でない。
(2) また、本件において、原告らには損害は生じていない。
    まず、原告らは、「第1期譲渡価格と当時の適正価格との差額」を損害としているが、すでに述べているとおり、原告らは、みずから承知してその譲渡価格で購入しているものであって、それは、とりも直さず原告ら自身その譲譲渡価格を当時の適正価格と認めたことに他ならない。そこでは損害の発生ということは考えられない。
また、原告らは、「第1期譲渡価格と第2期譲渡価格との差額」をも損害としている。すなわち、原告らは、それぞれが購入した若葉台団地内の物件を所有したまま、購入当時の価格と、値下げ販売時の価格とを比較して、その差額を損害として主張しているものである。しかし、不動産の価格は常に変動しており、原告らの購入当時から値下げ販売時に至るまでの間は下落傾向にあったものの、今後、どのように推移するかは、誰にも分からない。仮に、今後、不動産価格が上昇傾向に転じたときには、原告らが現在主張するところの損害が埋め戻されることがありうるばかりでなく、更に、原告らの購入価格を上回ったときには、原告らは利益を得ることにさえなりうるのである。
果たしてこのとき、原告らは、いかなる主張をし、またいかなる対応をするのであろうか。原告らは、原告らがその購入物件を所有している間の一部の時的区間の不動産価格の変動をとらえて、仮の議論をしているにすぎないのである。原告らには、賠償されるべき損害はない。


5 新たな裁判例
これまでに引用した裁判例に加え、類似事件の裁判例(東京地裁平成13年3月22日判決。乙51)が公刊されたので、その要旨を紹介する。
@ 公団は、原価に基づいて譲渡対価を決定すべき法的義務を負担していない。住宅・都市整備公団法施行規則は、公団が行うべき業務遂行のための基準を示し、その適正・円滑な実施を図るという趣旨・目的から定められた規定であり、個々の国民の権利義務を直接規律する規定ではない。公団住宅の譲渡関係は、分譲住宅という不動産を、公団が提示する金額によって買受けを申し出る分譲住宅希望者と、その金額で分譲住宅を売り渡すことを承諾する公団との意思表示の合致によって成立する私法上の売買契約である。その法律関係を規律するのは民法である。規則12条1項(筆者注;本件においては施行規則第6条第1項に相当する)は、原告らが主張する原価主義を定めた規定と解することはできず、他に原告らが主張する原価主義を肯定できる事情もない。
A 公団と個々の分譲住宅購入者との契約関係は、私法上の売買契約によって規律されるから、仮に、規則12条1項に反する価格設定がなされたとしても、そのことから、直ちに同条項に違反する価格部分について売買契約が一部無効となるわけではない。
B 公団は、同一団地内の分譲住宅の購入者に対し、同一価格体系に基づいて譲渡対価を設定すべき義務は負わない。価格格差を是正する義務も負わない。
不動産の価格は、需要と供給の関係を含む経済事情により決定されるものである。公団といえども、民間分譲住宅を中心とする市場の中で分譲住宅を供給していくのであって、当初の価格設定で分譲住宅が売れ残り、購入希望者が現れない場合に、これを放置することは許されない。
   規則13条(筆者注;本件においては施行規則第6条第2項に相当する)は、公団が、同一団地においても、分譲時期が異なれば、同一タイプの分譲住宅について異なる分譲価格の設定ができることを許容していることになる。公団法及び規則には、値下げ販売があった場合に、先行して当該分譲住宅と同一タイプの分譲住宅を購入した者に対し、差額を清算するなどの措置を行うべきことを要請する規定は存在しない。
資産価値が変動する分譲住宅を、どの時点で、いくらで購入するかは、購入者が自由な意思に基づき決定するものである。そして、分譲住宅購入後、不動産市況の好転等に伴い、購入価格にふさわしい資産価値を維持できるか、市況の悪化に伴い、その資産価値が下落し、購入価格との乖離が進むのかについても、購入者がそのリスクを負うこともまた自明の理なのである。
原告らは当該分譲価格を自らの判断で受け入れたものであるから、合意に基づき締結された譲渡契約の法律上の効果に何らの影響を及ぼすものではない。C 公団は、少なくとも本件各売買契約を締結した日の翌日から5年間分譲住宅の財産的価値を維持すべき義務は負わない。財産的価値を減少せしめるときは、これを補填すべき信義則上の付随義務も負わない。
   市場性のある商品については、売買後は、売主がこの財産的価値を維持することは客観的には不可能である。公団担当者の発言は、制度として値下げ販売が実施できることを念頭に置きつつも、当時の状況では値下げ販売を実施することを考えていないという見通しないし見解を述べたものに過ぎない。
   譲渡制限規定は、公団法1条(筆者注;本件においては公社法第1条に相当する)の所期の目的を充足するとともに、分譲住宅が投機の対象になることを防止することにある。分譲住宅の財産的価値の維持ないしリスクの分散といった側面に着目して規定されたものではない。経済事情の変動いかんにかかわらず、その居住利益は何ら損なわれていない。
D 公団は、信義別上、値下げの可能性を明らかにして分譲住宅を販売すべき法的義務は負わない。価格が市況に左右される商品の販売においては、商品が売れ残れば、値下げの可能性のあることは市場原理からいって当然である。他方、そのような可能性があっても、販売事業者は、可能な限り、当初の価格で販売しようとするものであり、その場合、値下げの可能性を表明すれば、当初の価格での販売が困難となることは自明である。販売業者としては、売れ残りの事実や値下げの可能性がありうるとしても、ことさらそのことを明らかにすることなく当初の価格により販売の努力をするのは当然のことであり、民間分譲住宅販売業者と市場が競合する公団も、このような事業活動を行うことは当然である。
E 繰り返しになるが、いつ、どのような価格で、いかなる物件を購入するかは、購入者の自由な判断に基づくものである。その購入した分譲住宅の財産的価値が、その後、市況の変化等によって変動を受け、利益を享受するのも、不利益を被るのも、購入者の責めに帰すべきことがらなのである。この理は公団の分譲住宅であっても異なるものではない。


6 まとめ
以上により、原告らのいずれの主張も、全く理由のない独自のものであることは明らかである。したがって、原告らの本件請求は棄却されるべきである。


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